921.2-19「悪食」
「臆病風に吹かれたか」
「ハッ、言ってなよ……!」
〝センゴの刀〟を納刀しつつ、
「〝術式:纏〟」
〝未来視〟でセラフィムの動きを見切る。
その長身と剣のリーチを生かした、神速の薙ぎ払い――左から迫り来るそれを。
「〝悪食〟」
強化した右手で受け止める。
正しくは、五本の指の腹で掴み取る。
それだけでは終われない――指にグッと力を込めた。
剣がミシミシと悲鳴を上げ始めたところで、今度はセラフィムが大きく距離を取る。
「名剣〝ガラハッド〟を折ろうなどと……。不届者め」
「残念」
キラは、フ、と息を吐き――目を細めた。
今の一瞬のやり取りが、隙と捉えられたらしい。
「……!」
ぐら、と体が傾ぐ。想定外のタイミングの〝錯覚系統〟に舌打ちをしたい気分だったが、その時間さえ惜しい。
〝覇術〟で〝錯覚系統〟を打ち消しつつ、倒れるままに任せる。
〝気配面〟を展開しつつ、受け身をとる――地面に手をつき体を起こすその一瞬を、セラフィムは的確に狙ってきた。
迸るは、飛ぶ斬撃。
回避はできない――防御は可能――確実に吹き飛ばされる――その後の隙がセラフィムの本命。
そこで。
あえてセラフィムの狙いに乗る。
下手なカウンターは通用しないというのもあるが――セラフィムが使うのが〝波動術〟であることが最大の理由である。
「――」
〝波動術〟は確かに万能ではあるが、こと接近戦において〝覇術〟には劣る。
強さにも速さにも、限りがある。だからこそ古代人たちは〝覇術〟の習得に貪欲になっていた。
何万年経とうとも、その関係が崩れることはない。
防御面を徹底していれば、どれだけの名剣だろうとも、〝波動術〟に斬られるなどありはしないのだ。
「フ、ン……ッ!」
吹き飛ばされ、転がされて、斬りかかられる。
そうなるとわかっていれば、対処は容易い。
キラは油断なく体勢を立て直し、膝立ちになって両腕をクロスに掲げた。
〝ガラハッドの剣〟がぶち当たり――もの凄まじい衝撃が身体中を駆け巡る。
その破壊力は、ユニィの蹴りをも思わせる。〝センゴの刀〟を使っていたらどうなっていたか。
「二手で見極めるか……!」
セラフィムも、素直に驚きを声に乗せた。
ただ、キラとしても、セラフィムの素の能力を少しばかり見誤っていた。心臓も、その衝撃をカバーするようにひとりでに動き始めている。
キラは深呼吸をして心臓の暴走を抑え――反撃に移る。
〝ガラハッドの剣〟を引っ掴み、
「〝ショート〟」
〝雷〟を流し込む。
これで一秒二秒は隙を作れる――そこを狙いたかったが、当てが外れた。
確かに、セラフィムは一瞬硬直した。くぐもった声こそでなかったが、小技であろうと〝雷〟が効いたのは確か。
しかし即座に振り払い、再び大きく距離をとったのだ。
「ちっ……」
〝界域之神〟にも、〝雷〟は効いた。義体にも本体にも、動きを阻止するだけの効果はあったのだ。
セラフィムが〝神〟以上とは到底思えない。
だとすれば、考えられるのは……。
「あの鎧か……」
〝気配面〟で観察してみる。それまで気にも留めていなかったのが不思議なくらい、〝力〟が渦巻いていた。
耐えずうねり続けているところや、波打つように強弱があることから、〝波動術〟で鎧の強度をコントロールしているらしい。
〝ショート〟も、その鎧の特性とセラフィムの一瞬の判断により、カットされたというところだろう。
「厄介だな……」
〝雷〟もダメ。〝センゴの刀〟も使えない。
残るは〝覇術〟だが、今の一連の攻防から考えると、心臓が持つかは怪しいところ。
ならば。
やるべきことは一つ。
「〝術式:魔導〟」
〝雷〟も〝センゴの刀〟もなしで戦う。
すなわち、ぶっつけ本番の擬似魔法――〝魔導〟を中心に立ち回る。
「〝爆焔〟」
失敗はできない。
だからこそ、最初に使うのは最もよく知る魔法――〝爆炎ターボ〟で、一気に距離を詰める。
ボン、ボンっ、ボンッ! と〝魔素〟の力を借りて、段階的に加速。
「魔法か……!」
流石のセラフィムも、出方を伺う他にないらしい。
今までになく、受け身的に構える。
その動き方と姿勢を一瞬で読み取り、キラも爆発の角度と威力を変えた。
そうして背後へ回り込み、
「〝冰結〟」
セラフィムの右膝にタッチ。
これに反応して剣を振り向けてくるが、想定内――剣を持つ腕を抑制しつつ、その手首にタッチ。
斬撃を屈んでかわし――セラフィムが飛び退る直前に、今度は脇腹にタッチ。
「チ……! 今度は氷か……!」
セラフィムが距離を取るのと同時に、三箇所が大きく凍り始めた。
右膝と、左手首と、右脇腹。鎧の内側に侵食しつつ、氷柱を作ってセラフィムの動きを制限する。
その氷による枷も、おそらく数秒も持たない。キラは羽織をはためかせ、一気に距離を詰めた。
「〝飄風〟」
セレナがいつも見せるように、風を味方につける。
三歩目からぐんと速度を上げ、セラフィムが構えるタイミングをずらした。
そのまま勢いに乗ってピョンと跳び――〝覇術〟で強化した脚で蹴りを放つ。
「軽い!」
セラフィムは巨躯。
どっしりと構えて、腕を掲げるだけで、事足りてしまう。
蹴りを防がれる――そこからが、キラの狙いだった。
〝飄風〟は姿勢制御のための〝魔導〟。中途半端に宙に浮いた体を掬い上げる。そうして、そのまま文字通り風に乗って横移動。
全身を捻りつつ、もう一度、
「〝剛脚〟」
今度は、全力で。セラフィムの後頭部を撃つ。
ガツンッ! とモロに入った。
ただ、手応えは微妙。
キラは眼を細める暇もなく、斜め後ろへ宙返りした。
ふわりと浮かぶ間に、〝飄風〟から〝爆焔〟に切り替える。
そうして、爆発と共に肉薄――
「〝悪食〟……!」
セラフィムの顔面を引っ掴み、地面に叩きつけた。




