919.2-17「不当」
「ならよ。テメェらは何したんだよ」
真っ先に口出ししたのはエリックだった。セドリックもドミニクも同時に声をあげていたが、そのあまりの意外さに押し黙ってしまう。
「そもそも、テメェらもこの国にとっちゃ余所もんだろうが。なんで自分の国みたく語ってんだよ」
鋭い反論に、しかしバリオスはなおも表情を崩さなかった。
「我々は〝聖母教〟の騎士……。〝隣人〟のためを思って行動を起こすのは、何も不自然はないと思いますが?」
「は。自然不自然の話はしてねぇんだよ。この国の人間に意見を言わせろっつってんだよ。テメェのは単なる横槍だ」
「ええ、ええ。差し出がましいことと重々承知していますよ。しかし……あなたも見たでしょう。誰もそんなことを考える余裕などありません」
「だから――」
「だから。我々が考えるのですよ。これほどにまで被害が広がったのはなぜか? もっと方法はなかったのか? 今後のためにも、追求しなければならないのです」
元々頭に血の昇りやすいエリックのこと。
冷静に、順序立てて、言い負かそうとしていたが、バリオスの変わらぬ態度にヒートアップしたらしい。
罵詈雑言を浴びせようと牙を向いたところで、アテナに取り押さえられる。
「それが、なんだってキラの逮捕につながんだよ! おかしいだろ!」
今度こそセドリックががなった。ドミニクと共に詰め寄ろうとしたところを、セレナに抑えられる。
「責任があるからこその、地位と立場でしょう? 何があったにせよ、責任を果たさねば罪にもなりうる。政治家も商人も、大工にしてもそれは同じ――ただし〝元帥〟ともなれば、多くの人命がかかっている。ごめんなさいでは済まないでしょう」
バリオスの言っていることに間違いはない。セドリックもそれを解っているからこそ、ぐっと口をつぐんだ。
キラとしても、何もいうことはない。
というより、ここで言い争っても益はない。
ここまで一つとして言及していないが、〝カール哨戒基地〟単独で他国の人間を断罪するのには限度がある……どこかで必ず〝教国〟の判断を仰がねばならない。その対象が〝元帥〟であるならば、尚更。
もしこれが〝カール哨戒基地〟の独断的な行動であれば。この先、必ず、付け入る隙が出てくる。
とはいえそれも、エステルと〝教皇庁〟がどう判断するか次第ではあるが……。
ただ――。
「言っておきますが、この場にいる全員が処罰の対象になりますからね?」
それを聞いては、黙ってはいられない。
キラはバリオスをじっと見つめて、ゆっくり問いかけた。
「……どういう意味?」
「最低限、事情聴取は受けてもらいます。罪に値するか判断するのはその後……。――ああ、抵抗はよしてくださいね? 暴れたが最後、エグバート王国の凶悪さを世に知らしめることになりますから」
バリオスという男は、やはり蛇だった。獲物を丸ごと飲み込み、消化しようとする。
随分と強欲で、姑息で……浅はかな考えだった。
「表向きには、竜ノ騎士団はこの国にはいないはず……。それを、どうするって?」
「さあ? 内密にことを進めはしますが……。もしかしたら、その事実だけが巡ってしまうやもしれませんね。それで面倒な方向に受け取られなければいいのですが」
明確な脅し。これにキラは眉を顰めた。
「事情聴取ってのは、まあ、理解できるし受け入れるよ。けど、それ以上は認められない。責を問うなら、現場にいた〝元帥〟一人で十分でしょ」
リリィもセレナも反論しかけたが、キラは手振りで収めた。
今はとにかく黙っていてほしい……そう願っているとどうやら通じたらしく、身じろぎも聞こえないほどにシンとする。
その様子に、バリオスは初めて表情を崩した。嫌なものを見たように、眉間に深い皺を刻む。
「判断するのは我々です。あなたではない。ただ、黙って従っていなさい。でなければ――」
「エグバート王国が、って? それとも、竜ノ騎士団が?」
「ええ、そうです」
「そう……。ふん……。――聞くけどさ。僕が君らに従う理由って……何?」
「……は?」
その問いかけ方に何か感じるものがあったのか、バリオスは一歩後ずさった。〝カール哨戒基地〟の騎士たちも、槍なり剣なり、一様に武器を構える。
「僕は君らから依頼を受けたわけじゃない。それで、依頼内容は領土奪還……アベジャネーダを守ることじゃない」
「は。だから〝隣人〟たちを守らなくてもいいという話には――」
「なるよ。悪いけれどね」
そうやって言い切ると、リリィたちからの視線も強く感じた。何を問いたいのかを感じ取り、一拍置いてから続ける。
「〝すべてを妥協なく〟ってのは確かに僕の理想で、平和的平和が望むところさ。基本姿勢は変わらない……いつどんな状況だって、それを念頭に置いてるよ。だから戦えるわけだし」
そばにいるリリィが安堵するのを感じ、一瞬の誤解が解けたことに心底安堵する。
「だけど……現実問題、僕はリリィたちみたいに優しくはなれないし、セドリックたちみたいに貫けはしない。戦えるから戦うし、守れるから守るんだよ」
「だから。全てを守るのが〝元帥〟の義務ではと――」
「君には理解できないんだろうけど。絶えず状況が変わる戦場には、優先順位が存在するんだよ……身体が分裂するなんてことがない以上、絶対必要なことさ」
「……!」
「あの時の最優先事項は、友達の……騎士団メンバー全員の安全確保。だって、君が何度も言うように〝元帥〟なんだから。遠い異国の地で、部下の命を背負ってるわけさ」
厳密にいえば、〝始祖〟を止めることが第一だったため、少しばかり違うが……。そうでなかったとしても、〝部下〟の命を第一に考えていたのには変わりない。
その嫌味は随分とバリオスに刺さったらしい。苦虫を噛み潰したかのように顔を歪み、ぎらりと睨みつけてくる。




