916.2-14「謂れ」
竜ノ騎士団の拠点とは思えないほどに、緊急本部は貧相だった。
テントを張っているとは言っても、瓦礫の中から拾ってきた布切れをつなぎ合わせたもの。
雨風を防げるほど頑丈なものではなく、一つ風が吹くだけでもはらりとつなぎめがめくれる。
しかも、テントは三つ。一人一つなわけがなく、何人かで共有しているのだろう。
その上で、テントの外にも三組の薪とぼろ布がある……その並び方からして、枕と毛布がわりらしい。
本部の中心にあるのは焚き火。その周りには鍋や食器が積まれているが、どう考えても支給されたものではない。
木製だろうと陶器だろうと、ひび割れたり欠けたところが必ずある。
〝カール哨戒基地〟としても厳しい状況なのだろうが……それで済ませられるようなものではなかった。
ほぼ、迫害である。〝元帥〟であるリリィとセレナがいるから、むしろこれだけで済んでいると考えた方がいいだろう。
「竜ノ騎士団に味方してくださる方々に甚大な被害があったのが、一番の要因でしょう。〝市民軍〟にほぼ生き残りはなく、〝アサシン〟も壊滅状態と聞きます。長たるラグーナ殿も、奮闘の末亡くなったという話です」
「ルセーナとレルマが頼みではあるけど……。これからがある二人には無茶な注文できないしなぁ……」
「ええ。お二人とも常に味方として立ち回ってくださいましたが、わたくしがお断りいたしました。ご友人やお知り合いも、多く亡くなったでしょうから……。この拠点にも、もう立ち寄ることはないでしょう」
「ありがと、リリィ。ただ……ここまで極端なら、もう昼前には撤退した方がいいだろうね」
「わたくしもそう思いますわ。あまりこのような言い方はしたくはありませんが……もともと竜ノ騎士団は第三者……。まるで仇のような扱いを受けてまで、復興の支援を続けることはありません」
「けどそうすると……。〝カール哨戒基地〟の思惑通りになるっていうか……。実効支配が進む気がするんだよ」
「……! なるほど。そういう見方もありましたか……」
「ま、エステル様が来てくれるから、そこも解決する方向に向かう……といいんだけどなあ」
リリィは不思議そうに首を傾げたのち、怪訝そうに眉を顰めた。
「……そういえば、なぜキラが〝教皇庁〟に? 〝元帥羽織〟も羽織っていますし……。わたくしは、てっきりブラックから手紙なり言伝なりを受け取るものと思っていたのですが」
「〝教皇庁〟……ってか〝教皇〟がそれを望んだんだよ」
詳細を求めるリリィに続きを話そうとしたところで、とりわけ強い風が吹き荒んだ。上空を見ると、セレナがメイド服のスカートを押さえつつ降りてくるところだった。
「おや。お元気そうで何よりです」
「ふふ……。リリィとおんなじことを――」
「スマホ、見してください」
「だめ」
会っていきなりの阿呆みたいな要求を一蹴。するとセレナは見てわかるほどにむくれ、キラはリリィと顔を合わせて笑ってしまった。
「……おほん。それにしても、キラ様。随分と急に来られましたね」
「ん。そのことなんだけど……」
「すみません、食事の支度をしながら伺ってもよろしいでしょうか」
「もちろん。ってか、食糧足りてる?」
「ブラックに何度か運ばせましたので。昼食までは足りるかと」
「そう……。他のみんなは?」
「シスとローランさんとスプーナー殿は、早くに出かけて復興の手伝いを。セドリックさんとドミニクさん、エリックさんとアテナさん、それからリーウさんも、それぞれテントでお休み中です」
「変わりはない? って僕が聞くのもアレだけど」
「疲弊はしていますし、〝カール哨戒基地〟との衝突も絶えませんが、良く動いてくれています。ですので……妙な責任感はお持ちにならないように」
セレナの手によって焚き火に火が入れられ、キラはリリィと横並びで座った。
「で、リリィにも今から話そうと思ったんだけど。〝教皇庁〟から……というか〝教皇〟から呼び出されたんだよね。査問会議について、僕の口から直接説明するようにって」
「なんと……。そのような事態になっていたとは。それで?」
テント近くに積んでいた木箱から迷うことなく食材を取り出すセレナ。そんな彼女の様子を目で追いつつ、キラは口を開き……。
「で……。……で?」
「? どうしましたの?」
「え、ああ、いや……。んー……。まあ、もろもろ説明して……それだけだなって思って」
「……そんなはずがないでしょう? 何か懸念点がある様子でしたよ?」
「ああ、それは……エステル様が僕らの味方をしてくれるって、明言してくれたわけじゃないから。あくまでも査問会議に出席してくれるってだけで」
「大きなことではありませんか。査問会議自体、まだいつ開かれるかもわからないというのに……エステル様があと一時間ほどで来られるのでしょう? 〝教皇庁〟が直接介入するという意思の表れではありませんか」
セレナは食事の支度をしながらも、ちゃんと話を聞いていたらしい。
焚き火の直上に鍋を吊り下げ、スープ作りに入りつつ、パッと魔法を使う。鋭く風を吹き起こして、三つのテントを捲り上げてしまった。
さながら台風にでもあったかのような衝撃に、リーウたちはたまらず飛び出してきた。
てんやわんやする彼女たちに、セレナは容赦無く指示を出していく。〝錯覚系統〟をかけてでも目を覚ませだの、食事の支度の手伝いをするようにだの……。
「どう捉えたらいいのかわからないのが……。〝スローンズ騎士団〟が動きそうなんだよね。セラフィムってのに案内されたんだけど、もしかしたらエステル様の護衛としてついてくるかも……みたいな」
「……! よくも『それだけ』と言えましたわね。傑物ではありませんかっ」




