912.2-10「偶像」
「竜ノ騎士団〝元帥〟……。キラ殿か」
威圧するような低い声に、キラは覚悟を決めて応えた。
「そこの門番二人によると、今のところ自称みたいだけど。まあでも、否定されたところで事実は事実だから、そうだと言っておくよ」
喧嘩を吹っ掛けたいわけではなかったが、敵対意思を引き出すならば今しかない。皮肉たっぷりの言葉と口調で返す。
それがどれだけ不遜な態度なのか、辺りのざわめきでよくわかった。「不敬だ」だの「無礼すぎる」だの言葉が飛んでくる。
キラとしてはどうやってこの局面を乗り切るかで必死で、さほど気になっていなかったのだが……〝スローンズ〟の騎士は、彼らをきっちりと咎めた。
「みな、落ち着け……。我々は、この世で最も正しくあらねばならん。その罵詈雑言が、相応しいと思うか。――あらためよ」
するとどうだろう。紙屑まで飛んできそうな荒れようが、あっという間に鎮まる。
どうやら〝スローンズ騎士団〟とは、尊敬の対象でありながらも、恐怖の象徴でもあるようだった。
「ついてきてもらおう……。本物だろうと偽物だろうと、教皇猊下に会ってもらう」
「まあ……。それが手っ取り早いもんね」
「そういうことだ……」
言いたいことだけ言ってマントを翻す騎士に、キラはブラックと顔を見合わせた。
血のような赤い目が「お先にどうぞ」と言っている気がして……一つため息をついてから、騎士の案内に従った。
〝山の都〟アルメイダは、山を丸ごと改造しただけではなかった。まるで〝アサシン〟たちの秘密の通路のように、地下通路を張り巡らせているのだ。
一つ違うのは、アルメイダの地下通路……〝地底回廊〟は、誰もが使えるというところ。
日常生活を便利にするための施策の一つであり、坂だらけ階段だらけの移動を楽にするものなのだ。
セラフィムと名乗った騎士が使ったのは、〝セルバンテス大聖堂〟への一本道。大通りの役割を果たすらしく、無数の小道と横穴で通じ、多くの参拝者が合流する。
「……」
「……」
セラフィムは寡黙だった。〝地底回廊〟について軽く説明して以降、一つとして口をきかない。
そうするうちに、他の通路から合流した参拝者たちに埋もれ始め……しかし、気づけば周囲との間に空間ができている。
楽しげな話し声がざわめきとなって流れていたというのに、それもなくなっている。
セラフィムの異様な存在感が、妙な静けさを呼び起こしていた。
がしゃりがしゃりと、セラフィムが地面を踏み締める音のみが妙に通路内に響き渡り……それがふと緩んだかと思うと、開けた空間に突き当たった。
「おお……」
〈わあ……!〉
セラフィムへの警戒心も一気に解けてしまうほど。規模が桁外れだった。
そこは、縦に長いタマゴ型のドーム。天井はゆうに百メートルを超える高さがあり、声も響かないほど。
天井付近にはいくつか壁画が刻まれており、これを照らすかのように魔法の光が輝いている。もはや、外と勘違いしてしまうほどに明るく、そして開放感があった。
そして中心にあるのは、巨大な偶像。
おおよそ二十メートルほどの真っ白な石像が、参拝者たちの目的らしかった。
その足元には祭壇があり、司教座があり、説教台があり、そして何列にも並ぶ長椅子があった。
〈話には聞いてたけど……。ほんと、すごいところっ!〉
〈でもここはなんたら大聖堂の真下で……?〉
〈〝ラキア山〟……この街の土台となってる山全てが〝セルバンテス大聖堂〟なんだ、って聞いたことがあるよ。頂上にある建物は、ある意味〝聖母教〟の象徴みたいなもので……信仰者たちはみんな、この〝地下御堂〟に参拝するんだって〉
〈へえ……。じゃあ、山頂にある聖堂は空っぽ?〉
〈ううん。〝天上御堂〟っていって、特別な儀式の時に使われるんだって。っていっても、一般参拝者はあんまり関係がなくって、〝タリスマン持ち〟のための聖堂らしいよ〉
〈〝タリスマン持ち〟……。エステル様と同格以上の司祭……ってこと?〉
〈そ。なにがどう特別なのかはよく知らないんだけど……。師匠がブチギレてカチコミかましたのはその辺が関係してる気がする〉
〈ってことは、〝スローンズ騎士団〟の根城ってことかな〉
ランディの昔話も気になるが、今はそれよりも目を引くものがあった。
〈あの石像……。てっきり、聖母の像が偶像として崇拝されるもんだと思ってたけど……。違うっぽい……?〉
〈ね。私も思った。フード目深に被って、足元まで覆ってて……。なんか、〝天神〟っぽい〉
〈そう……かな……。いやぁ……?〉
どちらにしろ、二十メートルを超えるその偶像は聖母のものではなかった。
一言で言えば、マントを被ったヒト。そういう意味では確かに〝天神〟と似通っているものの、フードの内側には人相が刻まれていたり、腕に聖書らしき分厚い本を抱えていたり。
男性か女性かの区別はつきにくいが、その像を〝天神〟とは思えなかった。
〈……刀がない〉
〈ふふ。そりゃそうでしょ〉




