911.2-9「スローンズ」
「嘘をつくな……!」
「つい数時間前に出て行ったばかりではないか!」
どうやら、あまりにも早く戻ったため、偽物ではないかと疑われているようだった。すでに落とし格子で街への入り口が固く閉ざされ、二人の門番が槍を向けて警戒している。
あれよあれよと兵士が駆けつけてきて、キラは慌てて一歩前に出た。
「ええっと……。ああ、そうだ、エステルさん……様。彼女に確認とってもらえれば、きっと一発で……」
「貴様のような怪しい人間に、エステル様を煩わせるわけにはいかん!」
「なにより! 我らの判断が間違っていれば、どのような処罰を受けるか……! 焼かれるやも……っ」
どうやらエステルは評判が悪いらしいことを思い出し、キラは困惑した。
〈こ、こんなとこでつまづくって……。想像してなかった〉
〈ここは穏便に済まさなきゃだよ。――ブラックくん、威圧感出すのダメ!〉
一から説明するにしても、もはや門番は聞く耳を持たない。
〝元帥〟の象徴の〝元帥羽織〟も、国外であるベルナンドでは意味をなさない。何か王家の印を借りてくれば良かったと後悔するも、あったところで効力があるかは怪しいもの。
ブラックの〝闇の神力〟による〝教皇庁〟への侵入か、あるいはエステルが出てくるのを我慢して待つか。
どちらにしろ、碌な方法ではない。ほとほと困り果てたところで、がしゃりと響く音とともに、低い声が割って入った。
「騒々しい……。何事か」
落とし格子を内包する、石レンガの門塔。
門番の詰所となっているその建物、鉄格子のすぐそばに備えられた扉から、一人の騎士が出てきた。
「……!」
その騎士は、異様な空気を纏っていた。
まるで扉を潜るようにして現れたこと。頭の先からつま先まで鎧で包まれていること。仰々しい青色のマントを肩にかけていること。奇妙にくぐもった声が聞こえてくること。
色々とあったが、一番は……。
〈この〝気配〟は……?〉
〈ヒト、じゃない……よね〉
騎士が真っ先に視線を向けたのが門番でなく自分たちならば、迷わず抜刀していた。そうでなくとも、〝センゴの刀〟にかけた左手を離すことができない。
ブラックも、言葉にこそしなかったが、剣を抜きかけていた。
それほどに、その騎士の存在感は異質。
見てくれや声や仕草は確かにヒトではあるが、その実態はあの双子の門番と同じ。
何かがヒトに擬態している。そうとしか思えないほど、歪な〝気配〟を心臓部に据えていた。
「あなたは、〝スローンズ騎士団〟の……! な、なぜこのような場所に……?」
その騎士がどれだけの地位にいるのか。こうして姿を現すのがどれほど珍しいことなのか。周りの兵士たちの反応で嫌というほどにわかる。
落とし格子の向こう側……街中からも次々と野次馬が集まってきていた。
〈〝スローンズ騎士団〟……? 〝アルマダ騎士団〟じゃなくて……?〉
〈……〝教国〟には〝アルマダ騎士団〟の他に、もう一つ騎士団があるんだよ。それが、たった十二人で構成される〝スローンズ騎士団〟。〝教皇庁〟の守護者たち〉
〈十二人だけ? じゃあ、少なくとも師団長クラス?〉
〈ううん。元帥以上。――だって、〝教皇庁〟に食ってかかった師匠を、〝スローンズ騎士団〟の一人が打ち負かしたって話だよ。四十年も前……〝不死身の英雄〟の全盛期を〉
〈……は? ランディさんを? たった一人で?〉
とんでもない事実に、キラは鳥肌が立つのを感じた。
もしそれが事実だとしたら。〝再生の神力〟を有していたランディをも圧倒する存在が、〝スローンズ騎士団〟に十二もいるのだとしたら。
〈ブラック……。罠を張るだって?〉
〈……。こんな大物はいなかった〉
〈逃げる心構えはしとこうかな……。心臓はち切れそう〉
世界に名だたる〝聖母教〟。
それをたった一国で抱える〝教国〟ベルナンド。
そのカラクリの一端に触れた気がして、キラはゲンナリとした。
〈戦争嫌いだからって、戦力を持たないわけじゃないよね……。あ〜……帰りたい〉
〈今回ばかりは同意……。何が待ってるやら〉
どう考えても、いい予感はしない。〝山の都〟への興奮が嘘のように冷めていき、代わりに今後の動き方で頭がいっぱいになる。
近接戦であれば負ける気はしないが、気がかりなのは〝センゴの刀〟の状態。古代人たちの技術によって修復したとはいえ、無茶な戦い方はもうできない。
〝雷〟にしても同じ。〝第一の混沌〟と〝第四界域〟の門番との戦いで、ある程度使い方が定まってはきた。〝雷之加護〟のおかげで、〝波動術〟がなくとも威力を自在に操れるようになったのが大きい。
とはいえ、〝スローンズ騎士団〟全員を相手できるかといえば、ほぼ不可能。
ブラックの〝闇の神力〟を上手く使えば一人二人は倒せるだろうが、得策ではない。
〈今日はどんだけ命賭ければいいのさ……〉
盛大にため息をつきたいところだったが、フルアーマーな騎士がずしずしと向かってきたため、グッと飲み込んだ。




