909.2-7「サガ」
体調を崩してグズグズになっていたものの、怪我に苦しんだわけではない。
そのため、いつもならば眠りについてから一日二日は時間が飛ぶところ、普通に六時間程度で起きることができた。
昼頃に寝て、夕方に起床。ぐっと伸びをした直後には、運ばれてきたスープを口にして、そのおいしさに感動する余裕もあった。
〈ま、案の定言われるよね〜。〝元帥〟が居合わせておきながら、とかなんとか〉
頭の中でエルトの〝声〟が響き、これに一時帰還を果たしたブラックが応える。
「そこまであからさまではないが……。要約すれば同じだな」
たかだか六時間で復興が進むわけもなく、アベジャネーダは今もなお混乱の最中。
緊急避難所を設置するのでやっとであり、あちこちで発生するトラブルの対処に追われていたという。
殺し合いにも発展する喧嘩を止めたり、海賊やマフィアの野蛮な行為を咎めたり。盗みも頻発しているらしい。
とはいえ、アベジャネーダに本来いるはずのない竜ノ騎士団が、表立って動けるはずもない。下手すると〝教国〟ベルナンドとの対立もありうる。
そのため、リリィたちは〝アルマダ騎士団〟に従っているらしいのだが……。
「ともかく、風当たりが強い。エルトリアの姉妹もそうそう抜けられん」
「っていっても……。二人とも本来の力を出せないんじゃね……。八つ当たりというか、なんというか」
「……まあ。俺も原因の一端と言えば否定できない」
「あー……。そういえば、〝ローレライ海賊団〟と海賊船で突っ込んできたんだっけ」
「俺を突き出した方が、竜ノ騎士団としてもいくらかメンツを保てようはず……実際、あの姉妹にもそう提案した。逃げることなど造作もないことも。だが……どうやらあの姉妹は、想像以上にしたたからしい」
「うん? どういうこと?」
「直接関わりのある者は別として、〝アルマダ騎士団〟からのキラ殿に対する評価は低い。役立たずと耳にした時は、腕を引きちぎってやろうと思ったくらいだ……」
「実際やりそうだから怖いんだよ……。っていうか……だとしたら〝元帥〟自体が舐められてるんじゃない? リリィにもセレナにも悪いことしたなあ……」
「気にすることはない……と、あらかじめ言伝をもらっている。――ともかく、あの姉妹曰く、この状況は好都合らしい」
「ふーん……?」
キラが一気にスープを飲み干すと、ブラックがさりげなく器を回収し、部屋の隅にあるワゴンにおいた。まるでメイドのような手際の良さである。
「〝宵闇現象〟の顛末を把握している者はいない。キラ殿のご友人らでさえ、『いつの間にか空の裂け目がなくなった』という程度……。裂け目を気にしていたこと自体、あの姉妹の活躍を目の当たりにしたからというのが大きいはずだ」
〈まあ確かに。普通だったら、パニックで逃げ惑ってたら何もかも終わってる、って感じだよね〉
「だからこそ、『自然災害が過ぎ去った』という形にしておける。二人が派遣されたのは、この緊急事態に際したキラ殿の判断ということにすれば、何も不自然ではない。実際、間違ってはない」
ブラックは部屋の中を少しばかりうろついてから、話を続ける。
「〝アルマダ騎士団〟としては、それ自体が不服らしく……。事態の真相究明と称して、査問会議を提言してきた」
〈う〜わ……。性格悪っ! それって要は、キラくんに責任取らせようってことでしょ? そもそも〝アルマダ騎士団〟からしても他所の国のことなのに……我が物顔でそういうことやっちゃうわけ?〉
「聞くところによれば、本国にも内密に侵攻作戦を進めていたらしいな。これもその一環だろう……。あわよくば、崩壊寸前のアベジャネーダの主導権を握れるからな」
〈逼迫した状況だからって納得してたけど……。甚大な被害が起きたっていうのに、そんなこと考えるなんて……! ってか、侵攻作戦にしても、失敗したら私たちの責任にしようって魂胆だった、って……そう自白してるようなもんじゃん? やばすぎ!〉
「まあ……子は親に似る。姉妹二人とも、相当に頭に来たらしく……。その場で査問会議を認めた」
〈――なんでっ?〉
「……どうやら娘二人は、親以上に頭が回るらしい」
複雑そうな声を出すエルトをよそに、ブラックが続けた。
「姉妹は、あの場で一つとして態度を変えなかった。……が、竜ノ騎士団の臨時拠点に戻るや手紙をしたためた。エグバート国王ローラ三世へ向けたもの、竜ノ騎士団〝総帥〟に向けたもの……そして、〝教国〟ベルナンドの〝教皇庁〟へ宛てたもの」
〈〝教皇庁〟……? ……! ああ、そういうこと!〉




