904.2-2「選り分ける」
〈――私たちは一年後に備えておかなきゃいけないわけ〉
「そうだな」
〈でも、レオナルドとの〝対始祖作戦〟も含めて、誰にも明かすことはできない〉
「貴女の娘らにも……か?」
〈教えるとしても、しっかりと手順を踏まなきゃ。――そこは、まあ、おいおい考えるとして。基本的には秘密裏に事を進めなきゃいけないわけだよ〉
「だが……」
〈そうなんだよ……。正直に言って、〝始祖〟の総戦力を思えば、私たち三人でなんとかできる規模じゃない。エンリルくんは〝使徒〟としての使命を全うしてるだけだし。――だから少なくとも、エグバート王国の手を借りることを考えていかなきゃなの。〝始祖〟が突如として牙を剥く、なんてこともあるかもしれないしさ〉
「〝始祖〟周りに関する諸々を、いつか必ず明かさねばならない……」
〈うん。いつまでも秘密にはできない。明かさないと成せないこともあるから。だから、私たちはその時のことも考慮した上で行動する必要があるの〉
「なるほどな。それで、具体的にはどうするつもりだ」
〈私たちの〝作戦〟は、〝始祖〟を表舞台に引き摺り出すためのもの。これに説得力をつけるんだよ。つまり、どれだけ〝始祖〟が危険かを知らしめる〉
「今回の一件を利用する、ということか」
〈〝神力〟の吹き荒れる闇色のドームに、〝第四界域〟との繋ぎ目……この二つの事象をそれぞれ正確に把握してるのは、多分ここにいる三人だけ。だからまとめるんだよ。〝宵闇現象〟なんてどう?〉
「率直に、安直だ。周りへの説明はそれでいいとして……。しかしそれだけではあるまい」
エルトは少しばかりムッとしたのち、元の調子に戻って話を進めた。
〈説明って言ってもさ。あの闇色のドームと空の裂け目は何かしら関係あるかもね、って繋げておくしかないじゃん? まさか全部を説明するわけにはいかないし〉
頭の中に響くエルトの言葉を咀嚼しつつ、キラは問いかけた。
「けどまあ、災害なんてそんなもんじゃん?」
〈そうなんだけど。そうじゃないようにするんだよ〉
「んー……? どういうこと?」
〈説明できる余地を残しておくの。本当は〝始祖〟の仕業だったんだって、後から明かせるように〉
「あー……! あ〜……? どうやって?」
〈ふふ。単純だよ。私たち……まあこの場合はキラくんだけど。キラくんが絶対の確信をもって説明するんだよ〉
「……それだけ?」
〈キラくんには〝元帥〟としての説明責任があるからね。来てもらったリリィとセレナにはもちろん、王国議会にも話を通さなきゃいけない。まあその内容は後で詰めるとして……。〝元帥〟って立場にあるからこそ、機密レベルを決められるんだよ〉
「機密レベル……。リリィたちにはこう話して、議会にはもっと絞って話して……最終的に世間には災害として公表する、みたいな?」
〈そうそう! そういうこと。実際、同じようなことが前にもあったじゃん?〉
「んー……? あぁ、〝黄昏現象〟のときか。あのときも……なんか……色々ぼかした、らしいし」
かつてエグバート王国で発生した〝黄昏現象〟は、〝黄昏事件〟として公表された。あまりにも広範囲に被害が及んだということもあって、下手な隠し事はできなかったのだ。
その内容は、〝黄昏現象〟という世にも恐ろしい災害が起きたものの、居合わせた騎士たちと住民たちとが手を取り合い乗り切った……というもの。
事実だけを連ねればそうなるが、真実ではない。
〝始祖〟の息のかかった〝黒影〟が暗躍し、どうやってか人為的に〝黄昏現象〟を引き起こしたのである。
あの時はまだその全容を把握していなかったと言うのもあるが……そうでなくとも、全てを詳らかに公表することはなかっただろう。『〝黄昏現象〟を乗り切った』としたほうが、何かと都合がいい。
〝宵闇現象〟関連も、その例に則る。というのがエルトの考えらしい。
「で……。それからどうするって?」
〈〝宵闇現象〟も〝黄昏現象〟も、全部〝始祖〟の仕業。それが核心で、世界で唯一私たちが把握してる〉
「だね」
〈じゃあさ? 運悪く発生した二つの大災害が、実はとある人物によって引き起こされたものだった……って誰もが知ることになったら。どうなると思う?〉
「ああ……そういうこと。〝始祖〟を表舞台に引き摺り出したタイミングを狙えば……世界が〝始祖〟の敵になる」
〈懸念点としては、〝始祖〟の行動がいまいち読めないってことなんだけど。私たちに取り入ってきて……バランスだとかなんだとかって……〉
「――僕らにとっては依然として敵だよ。アレは、きっと、都合の良し悪しで物事を判断してる。その判断基準がなんにしろ……誰をも平等に切って捨てる。それを、許すわけにはいかない」
どれだけ正しいように聞こえても、〝始祖〟は命を選別する。
キラとエルトはたまたまそのお眼鏡にかなっただけ……そうでなければ、また大きな戦いになっていただろう。これまで幾度となく〝人形〟たちと戦ってきたように。
どこまでいっても、世界の〝均衡〟とやらにしか興味がないのだ。