903.2-1「無頼」
「さて……。とりあえずは、合流しなくちゃ」
〈そうはいっても連戦続きだったんだから、休憩したら?〉
「や、まあ、そうなんだけどさ……。あんまりここじゃあ落ち着かないというか……」
〈あー……。ね〉
今や見る影もない〝パサモンテ城〟跡地。
周りは瓦礫だらけ。かつて王様が住まう城が建っていたなど、誰も思わないほど……潰され、粉微塵にされ、埋もれていた。
遺体がほとんど見当たらないのは、幸運と取るべきか。どうやら〝宵闇現象〟に飲み込まれたことで、跡形もなく消え去ってしまったらしい。
ただ、それでも何人かが地面や瓦礫に横たわっている。
中でも目を引くのは、闇色のクリスタルの真下に現れた大男。大量の血を地面に流しながらも、細く薄い呼吸でなんとか生きながらえていた。
一見すれば、何か得体のしれない化け物。
背中から巨大な翼が生え、左の方が半ばからちぎれている。右腕と左腕にはごつごつとした鱗が張り付いており……それもまた剥がされていた。
だがよくよく観察してみれば、キラも見知った種族の成れの果ての姿であるとわかった。
「竜人族……? もしかして……〝ローレライ海賊団〟の……」
肝心なところで名前を思い出せなかったが、その答えは突如として現れた〝闇〟のゲートから返ってきた。
「ヒューガか……。随分と容赦なくやられたな。〝神力〟も奪われている」
ブラックが、ぴくりとも動かない竜人族のそばに立つ。長い白髪が風で靡く中、いつもの冷徹な面持ちと血色の瞳でじっと見下ろす。
〝海の王者〟のあっけない最期を蔑んでいるかのようにも見えるが……律儀で思慮深いことを知っていれば、哀れみを持って接しているのがわかる。
「は……。ざまぁねぇ……ってか……」
おそらくヒューガは、最後の最後まで〝宵闇現象〟に抗ったのだろう。
つまりはあの〝始祖〟に対して一人で立ち向ったということであり……その事実を考えれば、今こうして言葉を交わせることが奇跡のように思えた。
「まがりなりにも師として仰いだ。〝覇術〟をもらった恩もある。……悪く言うはずもなかろう」
「け……。あい、かわらず……よめねぇなぁ……」
哀れな竜人族の命は、一秒ごとにすり減っていく。細く薄い呼吸が、だんだんと途切れている。もう言葉すらも考えられないだろう。
それでも、なお、ブラックは言った。
「生きたいのならば。いくつか手段がある」
キラは、ヒューガのことをよく知らない。
竜人族で、〝センゴの刀〟を盗んだ無頼漢で、師匠のランディたちと交流があったことくらい。
ただ、答えは分かりきっていた。
ヒトよりも破天荒で型破りな人生を歩んできた男が、今際の際にその全てを台無しにするようなことは望まない。
「へ……。おことわりだ……!」
キラも人のことを言えないが……無茶をしたらどれだけ自分に返ってくるかはよく知っている。
この無頼漢も、おそらく同じ部類。
恵まれた大柄な身体は、その無理無茶無謀にどれだけでも応えてくれたのだろう。試さずにはいられないことが山のようにあったはず。
だからこそ、ケリは自分でつけなければ気が済まないのだ。
「まぁ……せいぜい……きを、つけるこった……。アイツの……よ……」
安らかに、とはいかないだろうが。何事も、不平不満なく、〝海の王者〟は自らの意志で人生に幕を閉じた。
〈……大丈夫?〉
「……少しだけ。昔を思い出した」
〈昔?〉
「俺はコイツに救われたことがある。なんの因果か……今、思い出せた」
〈じゃ、多分、知ってて近づいたんだね〉
「……読めないやつだ」
ブラックはぽつりとこぼしてから、近くの瓦礫の山に近づいた。埋もれていたカーテンを引っ張り出し、ばさりと土埃を払って、遺体となったヒューガにかけてやる。
「少し話したいことがある」
わずかな黙祷を捧げてから、ブラックは振り返っていった。
「この事態をどう収めるか……。エルトリアの姉妹に事情を聞かれる前に決めておきたい」
〈それなら、私に一つ案があるよ〉
エルトがここぞとばかりに口をだす。
〈まず初めに言うと。一年の休戦協定結んだでしょ?〉
ブラックは何も言わなかったが、じとっとした視線を向けてきた。
キラは知らないふりをしてそっぽを向き、するとブラックが何もかもを悟ったかのようにため息をつく。
「……続けてくれ」
〈お? 飲み込みが早いね〜〉
「キラ殿はもちろん、エルト殿も、俺の先をゆく道標……。置いていかれないよう、どこまでも付き従うのみ」
〈ふふ、その意気だよ。――んでね。仮にこの休戦協定が一年間守られたとして。その先にはやっぱり〝始祖〟との戦いが待ってるわけだよ〉
「休戦協定はあっちが仕掛けてきたのだろう。何があった?」
〈味方になるよう提案してきたんだよ。〝調停者〟が必要……だとかなんとか。だけどまあ、キラくんの性格的に、一年待とうが十年待とうが結果は変わらないでしょ?〉
「……ま。同意ではある」
ブラックが目だけを動かし、チラリと見てくる。ふ、と笑ったようにすら見えて、キラは勝手な頑固者判定に少しムッとした。
〈どう転んだとしても、何が起こったとしてもいいように……。私たちは一年後に備えておかなきゃいけないわけ〉




