902.1-16「調停」
「この世には、〝調停者〟が必要である」
「〝調停者〟……?」
その言葉には思い当たるところがあった。
〝界域之神〟が口にしていた〝真なる人属〟。
〝神〟に至る〝知能〟を有し、世界の原型を造ったという〝人類の祖先〟……彼らが、〝調停者〟としての役割を与えられていたという。
その中でも特別な存在が〝神の使い〟らしいが……。
「〝今〟を見てみよ……〝人〟で溢れ、〝神〟などいないかのように振る舞っている。これは、正さねばならぬ」
「言ってる意味がよくわからないな……。なにが、正しくないって?」
「〝神〟も〝人〟も、欠けてはならぬ。その均衡が鍵なのだ。嘆かわしいことに、〝神〟すらもその意味するところを理解しておらぬ」
〝始祖〟のその言い方には、色々と引っ掛かるものがあった。
字面だけを考えれば、世界征服を企んでいるのではなく、むしろ平和を望んでいるようにすら思える。
〝始祖〟のいう〝均衡〟とやらも意味深である。
〝混沌〟を恐れているにしては、意味合いがずれている。
〝力〟が溢れてはならないのはそうだが、その釣り合いを取るのはまた別の話である。他に何か脅威があるのか……。
そしてそれを、『〝神〟も理解していない』。
今の〝時代〟にも〝神〟はいるのだろうが……その口ぶりからして、一柱しか存在していない。
思い当たるところと言えば、帝都で〝始祖〟を追い払った〝力〟の持ち主だが……。
「こういった惨状であるため、〝調停者〟が一人で事足りるとは思えぬ。そちが一人目、余が七人目……その合間の頭数を埋める。そういった算段である」
「……? なんで僕が最初で、自分が最後?」
「……裁定のための番人は必要であろう」
不思議な考え方ではあったが、それはひとまず無視しておいた。
キラとしては、言いたいことは一つ。
「悪いけど、到底受け入れられないね。第一、君にその信用はない」
「……で、あろうな」
随分と潔く拒絶を受け取ったことに、キラは逆に恐ろしくなった。
将来的に〝調停者〟とやらを担う気でいるならば、自分の提案にどんな反応が返ってくるか予想はしていたはず。
その上で話を持ちかけたのには、何か必ず意図がある。まさか、ただ提案してみただけ、ということはないだろう。
「――一年、待とう」
「……?」
「約一年後。再び、同じように問いかける。それまで、余からは何も仕掛けることはないと約束をしよう」
「なんか。勝手に裁定始めようとしてない?」
「余に、信用がないのであろう? なれば、作るのみ。至極単純なことよ」
「その約束を違えることがないって証明するものは?」
「なし」
いっそ心地の良い潔さに、キラは思わず唸りそうになった。
これは、言ってみれば〝始祖〟にとって都合の良い口約束。その解釈の仕方は複数あり、認識の違いを悪用して仕掛けてくることも考えられる。
とはいえ、全てが害意に満ちているわけでもない。
現に、こうして対話が成立している。
〝チルドレン〟だの〝人形〟だの〝宵闇現象〟だのを駆使すれば、拉致監禁は簡単なはず。なにより、そうやって〝原初の時代〟に飛ばされたのだ。
しかしこの対話もまた作戦の内なのだとすれば……。
考えれば考えるほどにわからなくなり、キラはため息をついた。
「……わかった。なら、一年間の休戦協定ってことで……受けて立つよ」
「念の為に言及するが。そちか、そちの手の者が、余の領域に侵入しようとした際には、容赦ない歓迎をする。上手くやることだ」
「ご忠告どうも」
闇色のクリスタルが空間に溶けるようにして消え、同時に展開されていた〝亜空間〟もなくなる。
キラは辺りを見回して、少しばかりほっとした。
「随分と酷い有様だけど……」
久しぶりに感じるリケールは、もはやその面影を失っていた。
〝パサモンテ城〟をはじめとして、どこもかしこも瓦礫だらけ。無事な家屋は少なく、それらしい形を残すだけで精一杯。
ただ、空に裂け目もなければ、〝宵闇現象〟もない。
もちろん〝六つ目の獣〟も、かつての凄惨な戦争で生み出された分厚い雲も、数千年間日光を浴びることのなかった赤茶けた大地も……。
そのことに少しばかり寂しさを覚えるが、いつもの空の下、いつもの風を浴びることが、どれだけ心地よいか。
キラはどさりと座り込んで、ぐぐっと伸びをした。
「ともかく、帰って来れてよかったぁ……!」
〈ね〜! あとはネメアちゃんたちを見つけるだけ。ってこと考えれば、〝休戦協定〟は都合が良かったんじゃない?〉
「それでも気は抜けないけど……。まあひとまずは、リリィたちに礼を言わないと。……怒られるかな」
〈なるようになるんじゃない?〉
「他人事だと思って……」
とにもかくにも……。
こうして、〝原初の時代〟からの帰還を果たしたのである。
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再開は10月13日(月)。
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