901.1-15「さらに先へ」
○ ○ ○
実体化と幻体化を自在に操る双子の門番は、最後の最後まで面倒だった。なにせ姿形まで変幻自在に変えてくるのだから、その都度対処を変えねばならなかった。
〝波動術〟を使えないからと、圧倒してもダメ。
双子の門番は〝魂之神〟と直接繋がっている可能性が高く、調子に乗って追い詰めると何が起こるか分かったものではない。
それは〝界域之神〟でいやというほど学んだのだ。
門番の力を測りつつ、連戦続きの自分の状態にも気を払い、なおかつ不気味な共闘を結んだ〝くまーの〟の動きにも注意しなければならない……。
空の裂け目が閉じた時には、キラは肩で息をするほど疲弊していた。
「なん……。ほんと……。の、脳みそが擦り切れるかと思った……」
〈代わろうかって何回も言ったのに〉
それはなんとなくプライドが許さない。と口に出す気は起きず、生返事に留めておく。
「で……? 〝くまーの〟……。〝始祖〟が……なんだって?」
「はなしがあるってさ〜。したでまってるって」
「……ま。乗ってあげよう」
ブラックを呼ぶべきかとも思ったが、キラはエルトと二人で対応することにした。何かあって三人とも捕まってしまったら元も子もない。
そんな警戒心を〝くまーの〟は気にした風もなく、ゆらゆらと揺れながら地上へ降りていく。
「今更だけど……。君、何者? あのヘンテコ門番にも引けを取らなかったでしょ」
「〝くまーの〟は〝くまーの〟だよ〜。たんれんしてるから、あんなのはへっちゃら」
「ふん……?」
言わないようにしているのか、言えないようにされているのか。
どのみち〝くまーの〟は肝心なことには言及せず、また自分からも話しかけるようなことはなかった。
妙な沈黙を保ったまま降り立ったのは、〝パサモンテ城〟。正確にはその跡地。
「薄々感じてはいたけど……。やっぱ……」
目には見えず、感知もほぼ働かなかったが、〝パサモンテ城〟跡地には〝亜空間〟が展開されていた。
紛れもなく〝界域之力〟によるものである。
その中央にあるのは、闇色のクリスタル。
ふよふよと浮かぶそれに、〝くまーの〟は躊躇なく近づき、声をかけた。
「ぼす、つれてきたよ〜」
そう言いながらクリスタルの表面に手を触れ……その中に入る。
〝界域之力〟による転移が目の前で行われたことに、キラは一層警戒した。
「まさか、僕らにもその中に入れって?」
真っ当な答えが返ってくるとは思わなかった。
だからこそ、クリスタルから〝始祖〟の声が静かに響いたのには少し驚いた。
「招待できるものならばそうしたいが……。望まぬのならば、それも良し」
「……あっそ。それで、話があるって?」
「――手を組まぬか?」
「……は?」
想像もしていなかった誘いの言葉に、キラは思考が停止した。何を言っているのか理解ができず、咄嗟の拒否もできない。
エルトもエルトで、予想だにしない事態に口出しできないでいる。
「単なる邪魔者としか思うてなかったのだがな……。だが……〝原初の時代〟から戻ってきたのならば、話は別となる」
「……別?」
「左様。〝界域之神〟と邂逅し……交戦……生き延びただけでなく、殺して見せた。そうであろう、〝神殺し〟を成した者よ」
「……」
正直に言って、何をどう答えたものか、全くわからなかった。
ネメアたちは、〝始祖〟に対抗する手立てを考えると言っていた。
今やもう何万年も前の約束になろうとも……それでも、最後の最後まで力になってくれた彼女たちを、信じ抜かないわけにはいかない。
どんな手立てを残してくれたにせよ、たった一つの情報を引き渡すことで、彼女たちの思惑が崩れてしまうかもしれない。
「あの時代でどれだけの知識を授かったかは到底図れぬが……。その上で、〝神〟の領域に至った。そちと手を組むのは合理的といえよう」
「ふん……」
重要なのは、ネメアたちと共に過ごしたあの時代には、『ディオ・アルツノート』は存在しなかったこと。
そしてもう一つ。
あの時代で散々活躍していたタブレットやスマートフォンといった電子機器を、今の時代では全く見かけないということ。文明そのものといっても過言ではないというのに。
すなわち、〝原初の時代〟は歴史から消えているのだ。
間違いなく、ネメアたちの策略。
〝原初の時代〟を見たことがない〝始祖〟を欺くための一手である。
だからこそ、その意図するところをいまいち掴みきれない。彼女たちと同等の頭脳を持っていればと思うものの、願うだけ無駄。
ゆえに……。
「で? 手を組んだ先に、何があるって? まさか世界征服を企んでるわけでもないでしょ」
別の形で、ネメアたちの作戦に繋げる。
情報は与えない。何か一つでも聞き出す。
気をつけることも、成すべきことも、実にシンプル。
この先ネメアたちと再会を果たした時、もう一度、一緒に戦えるように……さらにその先で、平和へと至れるように。
戸惑ってはいられないのだ。




