896.1-10「ぼす」
○ ○ ○
誠に、大変、全くもって。遺憾ではあるが。
空に現れた裂け目の対処にあたって、キラは協力せざるをえなかった。
「で。アレが何か、君は知ってるって?」
「ぼすはしってるけどー。あたしはしらな〜い」
場にそぐわないポワポワとした声と口調で答えるのは、小さな女の子。空を飛べて、〝波動術〟も使えて、さらには全身包帯だらけの、女の子である。
〝チルドレン〟とだけ名乗ったが、まさかそれが本名ではないだろう。〝人形〟と同じく、〝始祖〟ディオ・アルツノートによる手下たちの呼び名に違いない。
〈っていうか、あなた。私たちを攫ったでしょ?〉
「ん〜。あたしじゃな〜い。〝へびーな〟のしわざ」
(〝へびーな〟……? なら、あなたは?)
「あたし〝くまーの〟。くまさんのたましい、もらった〜」
〈魂を……もらった?〉
言いたいことだけ言って終わらせてしまうその自由奔放さは、まさしく子ども。〝くまーの〟は話すことに飽きたらしく、空の裂け目に顔を向けた。
「あれさー。なんだとおもう〜?」
「……見たまんまで言うなら。双子の番人」
〝第四界域〟とつながる裂け目の前には、瓜二つの番人がいた。
人間かどうかはわからない。
ヒトらしき姿かたちではあるものの、その肌色は灰色。髪も目も、曝け出された筋肉質な体つきも、一枚だけ巻いている腰布ですら灰色である。
まるで石像が動いているかのようであり……〝界域之神〟が用いていた義体にも似ていた。
「動く気配はないけど……」
「このままがいいけどね〜。めんどーだし〜」
「……。忠告しとくけど。変な動きを見せたら、君も斬る」
「え〜? こわ〜い」
状況を理解していないようなポワポワした声に、キラもエルトもイラついた。
ふざけるなと怒鳴りたいところではあったが、ますますペースを奪われる気がして、一旦深呼吸をする。
「……で。僕らが時間稼ぎをするって?」
「そうそう。ぼすがとじてくれるってさ〜」
――〝宵闇現象〟を消滅させた際。
古代人たちの時代に飛ばされる前は何が何だか把握できなかったが、いざ対処するとなると簡単なものではあった。
〝宵闇現象〟を構成するのは〝雷〟と〝闇〟……この二つを取っ払ってしまえばいい。
ブラックと一緒になって突っ込んでいき、それぞれに〝力〟を吸収したのである。
心臓にかなり負荷がかかったが……それが一瞬で消えたのは謎だった。エルト曰く、『数秒時間が止まった気がする』らしい。
ともかく。
そうして晴れやかになった〝宵闇現象〟爆心地で、〝始祖〟と対面することになったのである。
とはいっても、本人がそこにいたわけではない。紫色の巨大なクリスタルが鎮座しているだけ。
そこで聞かされたのだ。
〝第五界域〟と〝第四界域〟の関係を。
「あれを閉じる……ね」
〝始祖〟曰く。
この世を〝第五界域〟とするならば、あの世は〝第四界域〟。
すべての生物の魂が行き着く先……それが〝第四界域〟である。今や、〝魂之神〟の支配下にあるという。
数分の間に〝時間転移〟が二度繰り返されたことで、この世とあの世を隔てる〝界域之壁〟が崩れ――〝魂之神〟による侵略を許した。
それが今回の超常現象のいきさつらしい。
とはいえ、〝壁〟が完全に壊れたわけではない。〝始祖〟の力を持ってすれば、その修復も可能であると言う。
色々と思うところはあったが、一度限りの共闘ということで手を組んだのである。
「あの双子の門番、やっぱそういうことだよね?」
〈うん。裂け目の中から〝気配〟が繋がってるし……。街に散っていった人魂と違って、直接操ってるのかも〉
「〝魂之神〟……。実質、神サマ二連戦じゃん」
〝始祖〟の注文は三つ。
一つは、時間を稼ぐこと。
二つ目は、裂け目から遠ざけること。
そして最後に、〝混沌〟を引き起こさないこと。
「〝くまーの〟。サポートはしないよ」
「もとからそのつもり〜」
〝チルドレン〟とやらは恐怖心が欠けているのか、それとも〝くまーの〟自身の性格なのか。
間延びした口調は変わることなく――しかし驚くほど機敏に、双子の門番に仕掛けた。
ぐにぐにと包帯の内側が気色悪く蠢き、右腕が膨張。子どもの体躯には似合わないほどに膨れ上がり、クマの腕へと変形する。
「がおうっ!」
門番の一方に殴りかかる。
が、あまりにも直線的な攻撃は意味をなさない。
双子は二手に分かれて回避。
そこを。
「――〝閃〟!」
キラが居合切りにより〝飛ぶ斬撃〟を放つ。
完璧なタイミング。ではあったが、防がれた。
〝界域之神〟の義体よりも、門番の体は柔軟にできているらしい。もしくはそれが〝魂之力〟なのか――右手が盾に変形したのである。
目で追うのは難しい斬撃を、いとも簡単に弾いてしまう。
「っとに……。どいつもこいつも、体を弄り回さなきゃ気が済まないのかな」
〈ブツクサ言ってないで――来るよっ〉




