891.1-5「ボイス」
○ ○ ○
――少し前。
セレナは、〝第五回恋バナ大会〟に参加していた。
参加者はリリィとクロエ。会場はセレナとリリィの〝元帥室〟。
「買ってきました……!」
〝元帥室〟の中央を陣取る長テーブル。そのど真ん中に、クロエがそっと一冊の本を滑らせる。
「これは……」
「巷で話題の淑女向け雑誌……! 〝レディースボイス〟、よく手に入りましたわね」
「苦労しました……。見つけるのもそうですが、表立って手に取って購入するのが妙に気恥ずかしくて……」
近年、印刷業界では新しい活版印刷術が開発されたらしい。
堅苦しいフォントばかりだったのが、よりカジュアルだったりポップだったり……あるいはイラストをも印刷できるようになったりと、その進歩は目覚ましいものとなっている。
今度はフルカラー化されるのではと、もっぱらの噂である。
そうした新技術を採用して、次々と新たな雑誌が刊行されるようになり、とりわけ勢いがあるのが〝レディースボイス〟。
服から化粧からお菓子まで、流行りのものは一通り抑えているのが最大のウリ。
しかし、書店で見かけることも滅多にないほど売れているのは、とある特集ページが人気を博しているため。
それが、〝恋愛お悩み相談室〟。
毎号、見開き一ページ分しか掲載されていないのだが、これがとても参考になるのだと淑女たちの間で広まったのだ。
「お悩み相談、その一……。『恋人との結婚を考えています』……」
エグバート王国では、身分制度が採用されている。
貴族は社交界で名家と知り合って婚姻を結び、平民は幼い頃からの知り合いといつの間にか結婚する……そういう流れが一般的だった。
法律による制限などは課せられていないものの、より位の高い家はその地位を守るためにも、同格かそれ以上の家柄を好む。
かくいうセレナとリリィも、そういった話が毎週のように舞い込んでくる。
「『私(質問者の女性)は王都育ちの貴族出身で、彼は地方の農家出身です。経緯などは長くなるので省きますが、彼と結婚を望んでいます』……」
特殊な条件下においてのみ一夫多妻が認められるが、原則としては一夫一妻。
恋愛や結婚を制限するような法律はなく……とすると、貴族の子であろうとも、自由恋愛を貫く権利はある。
身分に差があろうとも、恋愛するにしろ結婚するにしろ、否定されるいわれはない。
ただそうはいっても……。
「『しかし、私の両親は反対しています。人柄がわかったものではない、彼の周りの人間性もわからない、何より生活レベルが合うわけがない……など。私を心配して説得してくれているのだと理解できる一方で、その考え方を押し付けないでほしいとも思います。もう子どもではないのですから』……」
長年平和を維持しているエグバート王国では、政略結婚は下火傾向……むしろ家自体の評判を落とし、孤立する要因ともなり得る。
王都の貴族に自由恋愛が広がらないのは、ひとえに親心によるもの。
ゆえに、誰にとっても難しい問題となり……淑女たちは〝レディースボイス〟に助けを求める。質問者としても、読者としても。
「このお悩みに対する回答は……。『結婚を前提に進めてしまうのがオススメ! カレの元に押しかけて同棲から始めるのもアリかも? でもいずれにせよ、ご両親との対話を諦めてはダメ。せめて一度くらいは、根気強く、理論立てて、説得してみて!』」
見開きの右上を陣取る質問内容を読み上げてから、セレナは紅茶に口をつけた。
「親の説得……。難しい問題ですね」
「ね。クロエのご両親はどうなのです?」
「幼い頃は、それこそ名家との付き合いを第一にと教育されましたが……。竜ノ騎士団から王国騎士軍に移籍したあたりから、『とにかく結婚してくれ』と言われるようになりましたね。気が合うヒトがいれば、と」
あぁ、とセレナはリリィとともに納得した。
帝国との戦争中、王都が占領された際、クロエの実家であるサーベラス領に逃げ込んだことがある。
あの時は王都奪還で頭がいっぱいになっていたが……思い返せば、クロエの父ルベル・サーベラスは娘の結婚を渇望していた。
会ったこともないキラをその相手にと、勝手を起こしそうなほどに。
「その節は、大変ご迷惑をおかけしました……」
クロエもちょうどその時のことを思い出したのか、深々と頭を下げる。
「いえいえ、気にするようなことでもありませんわよ」
「そうです。全くの的外れというわけでもないですから」
リリィに付け加えるようにしてセレナも言ったが、クロエはなかなか顔を上げなかった。恥ずかしくて顔も見せられないというわけではなく、何か深く考え事をしているようだった。
リリィと顔を見合わせて、クロエの反応を待つ。
すると……。
「お二人は……。お二人とも、キラくんと結婚なさるおつもりで?」




