886.道しるべ
キラは、改めて全てを説明した。
そもそもこの時代に来たのは、〝始祖〟と呼ばれる者の策略であること。
〝始祖〟が仕組んだ一手として、〝黄昏現象〟があったこと。
〝黄昏現象〟との対峙により、〝六つ目の獣〟の存在を知ったこと。
それらから繋げて、〝亜人〟から聞いた世界の成り立ち。
五つの層の〝界域〟と、そこにいるであろう〝神〟の存在。
〝混沌〟と呼ばれる最悪の現象。
そして、〝六つ目の獣〟が暴れるに至った理由。
話をするうちにネメアもレタも泣き止み、何を説明しているのか気になった古代人たちが多く詰めかける。
先代たちですら知りようのない事実の数々に、みなが呆然としていた。
「想像を超えた重い事実の連発だな……」
〈正直、私たちも受け止め切れてないんだよね〜……〉
「だろうな。普通であれば、誰も信じてはいないだろう。だが、他ならぬ〝福音教〟の主……。信じるなという方が非常識となる。安心しろ」
〈……どこに安心の要素があるんだろ?〉
イロンの謎理論にエルトでさえ困惑していたが、周りはそうでもなかった。
「え〜? なんで? もはや信頼の象徴じゃん」
ネメアの言葉に、レタが続く。
「〝亜人〟を……〝カミ〟を打ち倒した。貴方たちにはなんら関係なかったのに。逃げに徹していれば元の時代にも戻れたはずなのに。――あなたたちの精神性は、〝カミ〟をも上回ると証明されたの。ならば、賞賛しないわけにはいかない」
話を聞いていた皆が、それぞれにうなづく。
その様子を目にするのが気恥ずかしくて、キラは話を逸らす他に受け答えはできなかった。
「ネメアたちはこれからどうするの? 〝亜人〟も〝六つ目の獣〟もいなくなったけど、かわりに〝魔物〟なんてものが解き放たれた……。何か手伝えることがあれば……」
右肩に顔を埋めていたネメアが、とんでもないとばかりに体を起こす。
「何言ってるの、キラくん? ここからは私たちの番だよ。君たちは、君たちの時代に帰らなきゃ」
「や、でもさ。当面の脅威は去ったわけだし、もともと帰るのはもう少し後だったわけだから……」
「ダ〜メ。色々と計算した結果、割と猶予はないみたいだから。今すぐにでも帰った方がいいかも」
ネメアは名残惜しそうに、しかしながらさっぱりとした顔つきで離れた。レタも同じようにして、身軽に立ち上がる。
「ブラックくん。キラくんを背負ってくれる? 手当てはしたけど、まだ疲れてるだろうから。どういう状況でこっちに来たかは分からないけど……できるだけフォローしてあげて」
キラは反論しようと口が開きかけたが、何も言わなかった。これだけの心配を無碍にするようなことはできない。
「そう言えば、ブラックは平気なの?」
「我が主のおかげで、戦い始めてからほぼ無傷。平気だ」
「その呼び方で定着させるの……?」
「忠誠の証と受け取ってほしい」
随分と妙な関係に落ち着いたものだと思いながら、キラはブラックの背中によじ登った。
「〝座標〟までは二百キロ近くあるけど、〝界域之力〟でゲートを開いたから。すぐそばにあるようなものだよ」
ネメアが指し示すと同時に、集まっていた者たちが左右にさっと別れる。
この場に集っているのは千人以上。彼ら彼女らによって、ゲートまでの花道が形作られる様は圧巻だった。
「さて、忘れ物はないかな?」
〈あ、私から一つ〉
エルトが〝声〟をあげて、表面化を果たす。ズズ、と右目が赤くなる。
「約束、覚えてるよね?」
「うん。もちろん」
今度は、エルトもネメアも涙の一つも流さず、笑って確認しあった。びし、と親指を立てて最後の挨拶とする。
エルトが満足して引っ込んだところで、キラはイロンに一言声をかけた。
「イロン。最後までありがと。助かったよ」
「俺からも礼を。オロスにも、改めて伝えておいてほしい」
するとイロンは、ネメアとは逆に、何も言わずに俯いてしまった。そっと手のひらで目元を覆ってから、一度だけ大きく頷く。
そんな彼の代わりというように声を出したのが、総司令のマントスだった。
「はあ、よかった、間に合った」
どうやら走ってきたらしく、玉のような汗を浮かべている。
「作戦前はそれどころではなかったのは確かなのだが……見送ることすらできなかったのが心残りだった。最後に言葉をかわせて何よりだ」
「マントスさん……。あの、本当に……ありがとうござました」
「ふっふ。敬語はなくともよいが……心地良いのも確か。戦いの後で疲れているだろうが、どうか、皆の声に応えながら帰り道を辿ってほしい。誰もが、心の底から、感謝しているんだ」
それ以上声を出してしまうと、溢れるものがありそうで……キラは頷くだけに留めた。
それから、なんとか〝ムゲンポーチ〟からスマホを出して、インカメラを起動する。
最後に、キラもエルトもブラックも、ネメアもレタもイロンもマントスも、できる限りの人たちと一緒に写真を撮った。
そうしてキラたちは、皆の声援と感謝の言葉に手を振りって返しつつ、元の時代に戻るに至ったのだった。




