884.魂
気がつけば、いつからか忘れていた真っ白な精神世界にいた。
「……?」
〈……?〉
キラはエルトと顔を見合わせた。
いつもの通りに、キラ自身は肉体を持ち、エルトは光り輝くオーブとなっている。
「どういうこと?」
〈んー……? 死んだ?〉
「と思ったんだけど……。気絶しただけ?」
〈かも……? でも……じゃあ、なんでこんなとこに?〉
「さあ……。いつもは僕らが意図的に入ってるよね、ここに」
話せば話すほどに、謎が深まっていく。
むしろ、天国だの地獄だの死後の世界だのと解釈したいほどだったが、あまりにもいつもと変わらない。
キラとしては、エルトの本当の素顔を見たかったところだが……。
『我らの領域に到達せし人の子よ』
時間ばかりが過ぎるかと思ったその時、精神世界に響く声があった。姿はなく、まるで箱の外から話しかけられているかのよう。
「あの〝亜人〟……なわけないか。誰?」
『我らに名はない。その必要もないのでな。だが……ふむ、不便ではあるか。また今度考えておこう』
「はあ……。じゃあ、何者?」
『その問い方にならば応えられる。我は〝雷之神〟。貴公に奇妙な形で取り憑いている〝力〟の持ち主よ』
「……!」
予想していなかった声の持ち主の正体に、キラは絶句した。
咄嗟に〝気配面〟を手繰り寄せてその真偽を図ろうとするも、ピクリとも反応しない。
間抜けにも、息を呑むほかすることがなかった。
〈その〝雷之神〟が、なんだってこんなところに?〉
『礼と、謝罪を。先ほども接触を試みたが、まだ貴公らの意識が濃かった故、入り込めなかった』
〈意識が濃い……?〉
『魂と肉体の結びつきのことよな。今はそれが弱まっておる。ゆえに、わずかな〝神通力〟で意志の疎通を図れた』
〈え……! じゃあ、もうすぐ死んじゃうってこと……?〉
『いいや。貴公らは、一時しのぎとはいえ、見事脅威をはねのけた。もろくなった心臓を犠牲にすることなく……。まことに見事』
〈なら、魂がなんちゃら、ってどういう……?〉
『そのままの意味よ。体に目立つ傷はなくとも、死に瀕することもある。そこを、我が回帰させた。ついでに加護も付与した。……どうよ?』
〈あ……ありがとうございます……?〉
いつもは周りを振り回す側のエルトが、振り回されている。キラは他人事のようにぽかんとしつつ、成り行きを見守った。
『本当のところは、〝混沌〟を打ち払うことで礼としたかったのだが……。〝神通力〟は次なる〝混沌〟を引き起こしかねない。必要がなければ、使わないに越したことはない』
〈必要がないって……? 私たちは助かったけど……みんなは?〉
『起きればわかる。さぷらいずは望むところであろう?』
随分と回りくどい言い回しではあるが、とりあえず、ネメアたちが何か解決策を見出したのだろう。
そのことに一安心して、キラは口を開いた。
「で、〝雷之神〟サマ。加護ってのは?」
『ツレないほどに刺々しい……。先も言った通り、礼と謝罪よ。貴公は正しく〝雷之力〟を扱えると判断し……〝雷之加護〟を与えた。正しくいえば、我の心臓の欠片を埋め込んだのよ』
「げえ……」
『ひどい……』
エルトに思いっきり体当たりされて、キラはバツが悪くなった。〝神〟嫌いであっても、直接対面したとなれば、気まずさはある。
「まあ、助かったけど……。心臓の欠片って。どういうこと?」
『人は神を模して造られた。姿も、構造も、言葉も、性格すらも。そして〝雷之力〟は、我の核たる〝心臓〟に宿る。その欠片を埋め込むことで、〝雷之加護〟としたのよ』
「じゃあ……。全力を出せる?」
『否』
「役立たず」
『……うぅ』
「……ごめん。なら、僕らとキミらの〝心臓〟ってのは、全く別物ってことなんだ?」
『左様。我らは〝思念体〟……肉体ではない。〝心臓の欠片〟を与えるというのは、言い換えれば核の一部を分け与えるということ』
「なるほど……? じゃあ、僕の〝雷の神力〟には、その核ってやつがなかったってことか」
『〝波動〟の塊がその代わりをなしていたようでな。代替品にはなるが、〝力〟を引き出すにあたっては様々弊害も出よう』
「〝波動〟が……。なるほど」
〝神力〟はヒトの身には余る力。
そのため、〝授かりし者〟はその力の脅威から逃れなければならない。
方法は二つ。
一つは、〝流浪の民〟とやらと巡り合い、〝聖地〟を訪れること。
そしてもう一つが、〝覇術〟を身につけること。体内にあえて〝血因〟という異物を根付かせるのには、〝波動〟を〝核〟の代替品とするという目的があったのだ。
「で、加護って、具体的には?」
『一部ではあるが、〝雷之力〟の権能を引き渡した』
「はあ。権能」
『負担を軽減することはできぬが、少し意識を傾けるだけで細やかに扱うことができよう。鍛錬を励めば、天候をも操ることができる。その規模も含めて、な』
「ふん……? まあ、ありがたくもらっておくよ。ただ……そもそも謝罪って?」
『もう時間が迫ってきているゆえ、手短に話すが……。貴公らが〝亜人〟と称した〝界域之神〟……我らの長兄を仕留めてくれたことよ』
「界域……。そんなこと言ってたような……」
『母なる〝命之神〟を想うあまり、暴走しがちなところがあったが……。まさか我々をも分断してまで、自我なき末弟を守るとは思わなかった』
「末弟? 〝六つ目の獣〟が、キミらの?」
『第一の〝混沌〟により多くの命が潰え……悲しみに暮れる〝命之神〟が生み出したのが、我らが末弟である。それ以降、母なる神は生命の創造を取りやめている……。愚弟も愚弟だが、神より生まれし最後の命ということになる』
「不出来の末っ子が誰よりも可愛い……。人間じみて厭になる」
『そういう意味では、人間も我らの弟も同然なのだがな。――さて、話は終いだ。お呼びだぞ』
姿なき〝雷之神〟がいう通り、目覚めの時が近いようだった。寝起きの時のような、夢と現実の狭間が近づいてくる。




