883.ワケ
「掴まってろ」
ブラックは甲板を滑り降りた。ネメアとレタもそれに続く。船縁におり、船首へと伝って、空中へ飛び出す。
むろん、その間にも複数の〝魔物〟が押し寄せる。
ブラックは一切構うことなく、ネメアとレタに対処を任せる。
キラも二人を邪魔しない程度に〝センゴの刀〟で〝魔物〟を押しのけ、周りを確認。
どのグループも、すでに目視できる場所にはいなかった。濃すぎる〝魔素〟のせいで、ぼんやりとしか探知できない。
〝魔物〟たちは魔法を使い始めている。レタが狙撃で優先的に排除してはいるが、弾数も無限ではない以上、かなり厄介。
「ネメア、そっち!」
「任せて! ――ブラックくん!」
「む。――我が主、任せてもいいか」
「……その呼び方、やめてほしい」
〈レタちゃん、三十メートル、左! 狙ってる!〉
互いに呼びかけ、神経を尖らせて対処にあたり、ひたすら前へ。
キラはほぼ何もできない代わりに、必死に策を練った。
〝座標〟にたどり着いて元の時代に戻ればゴールだが、ネメアたちはそういうわけにもいかない。ようやく地上を取り戻しつつあるのだ。
黄昏色に染まった世界を戻さねば、これより先の未来はなくなる。
濃くなった〝魔素〟を抑えれば……。〝魔物〟を一掃する方法があれば……。せめて一息つける場所を作れれば……。
だが、何も思い浮かばない。気休めの妄想すら、何一つ。
そうしているうちに――。
「わっ……!」
「船が……!」
船と〝コ・ポッド〟とが、まとめて爆発した。
その規模たるや。周辺の〝魔物〟を、有無も言わさず一掃するほど。
爆発に伴う衝撃波も異様だった。
その凄まじさはいうまでもないが、バリバリッ、と〝雷〟が奔ったのだ。
キラはともかく、ブラックもネメアもレタも、少なからずダメージを負った。〝覇術〟あるいは〝波動術〟で防御を固めたとて、到底防ぎ切れるものではない。
あと数十メートルで着地できたところを、四人まとめて墜落する。各々受け身は取ったものの、赤茶けた地面に打ちつけられた。
「みんな……。無事……?」
皮肉なことに、〝コ・ポッド〟の爆発で〝雷〟も〝お守り〟も満タンになった。キラは〝センゴの刀〟を頼りに立ち上がり、周囲を確認する。
三人とも無事ではあるが、すぐには動けそうにもない。身じろぎするだけで、〝雷〟による痺れが走るらしい。
少し離れたところに目をやると、別のグループがいた。同じように、〝コ・ポッド〟の爆発で全員地面に突っ伏している。
〝気配面〟で感覚を広げてみると、〝ヨアラシ〟クルー全員を見つけることができた。半径二百メートル以内に、点々と散らばっている。
だが、全員が全員、立ち上がれもしない。
「……くそ」
せっかく一掃された〝魔物〟も、たったの十数秒で次々と湧き出す。
ペガサスにワイバーンにグリフォンに、ドラゴン……ありとあらゆる形態の異形の獣たちが、見下ろしていた。
希望はないのだと、突きつけられた気もする。
それでも、〝センゴの刀〟を構えた。
〈キラくん……。死んじゃうよ〉
「……無駄死にだろうね」
〝覇術〟で〝雷〟を汲み上げ、左腕に帯電させる。
引き出したのは五パーセントほど。それでも、心臓が恐ろしいほどに暴れ回る。
疲労と緊張と精神的なダメージとが、想像以上に負荷をもたらしているらしい。少しでもコントロールを失敗すると、心臓がもたない。
だからといって、キラは戦わないという選択肢を選ぶなどできなかった。
〈最後だから聞いとくけどさ。キラくんのその執念はどこから来るの?〉
「うん……? さあ。考えたこともないけど……」
〈けど?〉
「みんな死んで、僕が一人だけ生き残ったのだとしたら……戦うのをやめると思う。……答えになってないか」
〈ふふ。だね~〉
キラは、記憶がない。数々の検査からもそれは確か。
それでも時折、身体が、頭が、感情が……勝手に動き出すのは、〝記憶の保管庫〟とやらがまだ残っているからだろう。
良くも悪くも、過去がなくなったわけではないのだ。
だからこそ戦い続けることができるのだとしたら……。少しくらいは、その過去に感謝してもいいかもしれないと思った。
「エルト。飛ばしていくよ」
〈うん。ついてく〉
使うのは〝ショック〟と〝インパクト〟のみ。
〝覇術〟と〝波動術〟の併用はなし。
軸となるのは〝センゴの刀〟。
そうやって戦い続けた。
本当はもっと大技で蹴散らしたかった。
だがそれでは、一発で終わってしまう。ブラックたちが復活するまでの時間稼ぎにもならない。
だからこそ、動き続けられることを絶対条件として、戦った。
身体は傷だらけ。疲労感もずしりと重い。その上で、心臓を中心として裂けるような痛みが強くなっていく。
それでも、耐えて、耐えて、耐えて……。
「フゥ……フゥ……」
何十体か、何百体か。
わからなかったが、ともかく、あたり一帯から〝魔物〟がいなくなった。
それを考えるに、〝ポイント〟と同じく、湧き出る〝魔物〟の数や時間に制限があるらしい。〝コ・ポッド〟の爆発も影響しているだろう。
とはいっても、それも五分ともたない。
だがきっと、そのわずかな時間が今後の行く末を明るいものにするはず。それだけの知能と実力を、ネメアたちは持っている。
キラはそれを信じて地面に突っ伏し、意識を手放した。




