881.逢魔が時
足元に転がっていた〝センゴの刀〟を剣帯に差し入れ、改めて周りを見渡す。
〝六つ目の獣〟のもたらした〝混沌〟は、世界を一変させていた。
地上を覆っていた雲は一つとしてなく、赤茶けた大地が露わになっている。人類が放逐されて数千年……自然は枯れていた。
それこそ、在るのは〝再生する大地〟のみ。生い茂る木々はもちろん、川も海もない。赤茶色、一色。
そして空は、黄昏色。
どこを見渡しても切れ目はなく、青く美しい空は望めなかった。
「――来る」
反射的に刀を抜き放ちそうなところを、キラはグッと我慢した。代わりに〝気配面〟を展開して、〝魔素〟の動きに注意する。
まずはお手並み拝見とばかりに、船首近くの空間が歪み――〝魔物〟が現れた。
その姿は、グリフォン。
鷲のような上半身に、ライオンの如き下肢――そして身体中に、大小様々な目玉がくっついている。
〈きっっっっしょっ!〉
意外と女の子な一面を見せるエルト。だがこればかりは皆も同感らしく、ネメアたちも固まってしまっている。
そんな中で、ブラックがいち早く動いた。
〝精霊化〟の影響で疲れが溜まっているだろうが――そんなことはつゆとも感じさせない動きで、異形のグリフォンを切り伏せる。
その姿にハッとしたネメアが、慌てて声を張る。
「〝ヨアラシ〟、発進っ!」
船は唸りを上げ、動き始める。
しかし、初っ端から飛ばすことはできない。
「十時方向に三、一時に四! ――と、甲板中央!」
グリフォンの誕生を皮切りに、〝魔物〟が次々と生まれてくる。
今度は、全員が機敏に動いた。
最低限の声かけと同時に、ペガサスやワイバーンやシーサーペントの〝魔物〟を打ち取っていく。
キラも、ほぼ考えることなく〝センゴの刀〟を抜き――甲板に現れたトロールと思しき〝魔物〟の膝を斬り飛ばした。
体勢が崩れたところを、ネメアが拳をめり込ませる。
「キラくん! 私たちに任せてっ」
「や、体が動いて……! ――次、来る! 九時方向注意!」
「――! もうっ! 早く船出して!」
〝魔物〟に取りつかれながらも、〝ヨアラシ〟は徐々に速度を上げていく。
ただ、それもせいぜい時速六十キロ程度。
次々と湧き出る異形の獣たちを避けつつ、しかし、迎撃にあたる皆を落とさないようにとなると、速さなど求められるはずもない。
しかも――。
「船内に〝気配〟!」
「くそっ! 俺が行ってくる!」
〝魔物〟は、所構わず出現する。
皆が集う船首周りはもちろん、甲板上も船内も、そして船底にも。
手分けをすれば、それだけ甲板上は手薄になり、キラも動かざるを得なくなる。
「ハァ……ゼェ……!」
今の所、心臓に異常はない。緊急というのに、完璧に手術をしてくれたおかげである。
ものの数分で息が上がるのは、単純に消耗し切っているため。
〝気配〟を把握するだけで脳みそがはち切れそうで、〝魔物〟の動きもろくに読めない。反射的に対応するので精一杯。
〝雷〟を雑にぶっ放すことができればもっとマシだろうが、たとえ一パーセントの負荷でも、今は心臓が持ちそうになかった。それ以前に、〝雷〟の残量がない。
〈――キラくん、足元!〉
「ん、ンッ――!」
〈ナイスっ!〉
エルトも、いつものような機敏さがない。
反応がワンテンポ遅れている。
〝覇術〟も〝波動術〟も〝雷〟も総動員し、持てる技術と才能でゴリ押しして完成させたのが〝天神化〟である。
むしろ、意識を保っていられるのが奇跡なほど。
その点で言えば、ブラックはまだ余力があるらしかった。
最低限の〝闇の神力〟しか使えないものの、〝ヨアラシ〟クルーの誰よりも俊敏に動いている。
船の外に出て、仕掛けてくる〝魔物〟をほぼ一人で対処していた。
「ギリギリ……っていうか、ジリ貧……!」
幸いなことに、現状、〝魔物〟たちは特殊な力を持っているわけではない。
獣としての強靭な体や凶悪な爪、凄まじいパワーが目立つものの、対処自体は簡単。
問題は、どこからともなく無限に湧いてくるところである。
〝黄昏現象〟はその範囲内から逃れられればよかったが、〝六つ目の獣〟が引き起こした〝混沌〟ではそうはいかない。
逃げ場はなく、息つく暇もない。
――〝神〟が忌避するのも理解できる。
最初の〝混沌〟たる異常現象がどれくらいの間続いたのかわからないが、何年も続いたのだとすれば、いかに頑強な幻獣たちでも絶滅する。
それと同じように、この〝黄昏現象〟にも似た〝混沌〟が、何年何十年と無数に続くようであれば。
確実に、人類は滅びることになる。
「――レタ! キラくんの後ろ、守って!」
「うん。ネメアもこっちに。――全員、固まった方がいい」
ゴリラに似た〝魔物〟の一撃が、甲板に突き刺さる。
キラが危なげなく一歩下がって避けたところへ、ネメアがその首目掛けて蹴りを放った。
まるで鎌で振るったかのように頭を刈り取り、着地後、すぐさまゴリラの体を蹴飛ばす。そうすることで、仲間の死角にいた〝魔物〟にぶち当て、それを以て警告とした。
皆、それぞれに立ち位置を変えつつ、近くにいる者と連携をとり始める。
〈これじゃあ、船が……!〉
「っていっても、速度を出せば全員が放り出される……!」
「じゃあ、シールド展開したほうがいいんじゃ……!」
「〝魔物〟の出現数が増えてる。ぶつかりながらだと、速度は出ないし、装置も持たない。それに……」




