876.一丸
ところで。
ネメアは、思い返してみても、命をかけた戦場というものに立ったことがない。
おそらく、他のみんなもそう。先代たちと同じ時代を生きたあのオロスでさえも、こうして本格的に戦いに乗り込むのは初めてのはず。
だからといって、どうということはない……と作戦が始まる前までは思っていた。
だが、実際にその緊張感を肌で感じると、自分の心がこんなにも柔らかいものなのかと実感する。
簡単に動揺して、簡単に落ち込んで、簡単に怯えてしまう。
しかも、戦場は立ち直る時間をくれるわけではない。
「――全員、備えろ! 決着が近い!」
ふいに、ネメアは喉の渇きを覚えた。口の中がカラカラになっている。
本音を言えば、もう五分ほど、時間が欲しかった。落ち着きはとりもどし、頭もよく働くが、気持ちはまだざわついたまま。
しかし、そんなことは言ってられない。
何よりキラたちは、そんな心の準備もままならないまま、〝亜人〟に襲撃されたのだ。
死目にあってもなお立ち上がり、最前線で路を切り開こうとしている――その執念を無駄にはできなかった。
「ルートはッ?」
レタが〝モデル・アール〟を組み立てながら声を張る。
「超常現象の情報は取ってる! 圧力の流れ方も計算済み!」
「なんだか弱まってるみたい! 彼らが引き付けてくれてるおかげかも!」
「ドローンは待機済みだよ! シールドで十分防げてるから、みんな、落ち着いて!」
「五台配置してっから、確認しっかり!」
ネメアは聞こえてくる情報をしっかりと脳みそに叩き込みつつ、補助係としてレタを手伝う。
銃身と機関部、機関部とストックをしっかりと繋げる。
マウントレールから伸びるケーブルに痛みがないかを確認しつつ、デジタルゴーグルに接続。
「ゴーグルの調整はできるよね?」
「専門外のネメアにもできるから。私も余裕」
「ふふ。観測データは私が送るから、セットアップに集中して」
「了解」
今度はバッテリーを点検する。
レールガンに必要なのは、火薬ではなく電力。
〝ヨアラシ〟には〝ママ・ポッド〟の簡易バージョンである〝コ・ポッド〟を積んでいる。
ここからケーブルを引いてくることで、レールガンとしての実力を発揮することができる。
何本かに分岐するケーブルを〝モデル・アール〟の各所に接続し、電力が澱みなく流れていることも確認する。
最後は弾となる〝氷枷〟。
飴玉のような小さな氷の塊を、細長い円錐型の特性カプセルに入れたものである。
標的に到達する頃にはカプセルが摩擦熱で溶け、射出された〝氷枷〟のみが着弾するという寸法である。
この特殊弾を銃口から入れて、ラムロッドで奥の方まで押し込む。
「レタ、設置するよ」
「ん。わかった」
重い銃身を支えるバイポットを二つ展開し、床に固定。
レタが寝そべる形で〝モデル・アール〟に寄り添い、引き金に指をかける。
「データ、送るからね」
ネメアはスマホを取り出し、優秀な同僚たちが送ってくれたデータを確認する。
戦場までは、五台のドローンが等間隔に配置されている。
これらドローンに搭載された誘導システムで、特殊弾をある程度操作し、目標へ命中させるのである。
「戦場の映像も映ってるよね」
「うん」
一番重要なのは、判断力。
〝モデル・アール〟の弾速はマッハ十。秒速にして約三千メートル。
対して戦場は、直線上にあるものの、三十キロ近く離れている。
比較的近距離で撃てた一射目とは違い、レールガンの威力を持ってしても、十秒近くかかってしまう。
超常現象により発生した圧力の乱気流に乗れば、三秒にまで縮められる。
だが、キラたちの戦いに割って入るには、それでもまだ遅い。
とはいえ、これ以上到達時間を縮められる見込みはなく――狙撃手であるレタは、三秒後を想定して撃つ必要がある。
タイミングだけの問題ではない。そもそもどこに撃つのかも、その瞬間が訪れるまでわからない。
「射撃態勢に入る」
レタが〝波動術〟を使って〝モデル・アール〟の反動に備え、ネメアはその補助をする。
〝モデル・アール〟の隣に座って、銃身に取り付けた取手を握り、サポート体制に入った。
加えて、ネメア自身もデジタルゴーグルを装着する。
「――」
最前線のドローンには、高性能カメラを取り付けている。レタのデジタルゴーグルにはその映像が流れており、その様子がネメアのゴーグルにも同期されている。
レタがレティクルを動かして、照準を合わせる。のと同時に、ネメアは映像の拡大と移動をして、レタの狙いの誘導を図る。
「キラくんはカウンターを得意としてる。から、狙い目はそこ」
「ん」
「〝亜人〟は〝ニセモノドローン〟に固執してた。たぶん、そういう性格だから、絶対にキラくんを追い詰める」
「ん」
「きっと、〝氷枷〟じゃ〝亜人〟には届かない。だから――」
「――私たちが、彼らの反撃の狼煙をあげる」
「そういうこと」




