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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
第1章

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8.ユニィ

 ロットの村までもうひとこえ。そんな時に、日差しの強い太陽が、どこからともなく現れる雲により隠れていく。

「こういうとき、曇り空は助かりますわね。キラはどちらがお好きです?」

「暑くても、晴れのほうがいいかな。青空、綺麗だし」

「王都の方では”砂の時期”なんだろう? 空の色が変わるほどに砂塵が飛ぶんだ……キラくんもみてみたいとも思わないかい?」

「それ、すごいですね。でも……”砂の時期”?」

「王都の北西には砂漠がありますのよ。地理的にも気候的にも色々とおかしなところがありまして、”不自然の砂漠”だなんて呼ばれていますわ」


 キラはそれまでとは違い、リリィとランディの声を背中で聞いていた。

 リリィの愛馬が、白馬のユニィの目に立つのを嫌ったのだ。それにより、キラがぷりぷり憤る白馬をなだめつつ、先頭に立つことになっていた。


「リリィくん。そのリンク・イヤリングなんだが」

「はい」

「”声の転移”といっていたね。それはつまり、そのイヤリングに”転移の魔法陣”が刻まれているということだろう?」

「ええ。ある程度簡略化することで、声のみの転移を可能にしたと聞きましたわ。他にも色々と……難しかったので、あまりおぼえていませんが」


「”転移の魔法”とは、あらゆる魔法陣の中で最も扱いの難しいものだ。魔法陣を設置する場所、転移先の場所、距離……様々な要素から成り立ち、同じ”転移”でも微妙に”公式”が異なる」

「そう……らしいですわね。わたくしは、どれも同じように見えてしまいますが」

「まあ、私も聞きかじった程度だ。ただ――その”転移の魔法陣”に手を加えるということが、どれほど大変なことかは容易に想像できる。私の知る限り、そんな事ができそうな人物は一人しかいないんだが……」

「あら、エマをご存知ですの? 竜ノ騎士団第九師団の師団長。彼女が、このリンク・イヤリングの開発者ですわ」


「そうか、”鬼才”のエマ……。そっちだったか」

「もしや、誰かをお探しでしたか?」

「まあね……。”三人のキサイ”は、君も知っているだろう。”鬼才”エマもその一人なんだから」

「ええ、存じていますわ。――キラ、王都についたらエマを紹介して差し上げます。彼女はわたくしと一つしか変わらないのに世界的な研究者でしてね。きっと、あなたの心臓発作を和らげる知恵を授けてくれますわ」

「うん、ありがとう」


 キラは返事をしつつ、ふと王都の状況について思いを巡らせた。

 支部が襲撃され、竜ノ騎士団は各師団長を支部へと派遣した。その中で唯一、王都に残ったのが第九師団の師団長だ。

 帝国に襲撃されるなか、”鬼才”のエマだけが師団長として残ったのは、なにか意味があるのではないか……。そんなことを、キラはぼんやりと考えていた。


「ランディ殿のお探しの人物は、”三人のキサイ”とも呼ばれるお方なのですか?」

「探しているというほどでもないが……”奇才”レオナルドの動向が、少し気になっていてね。もう知り合って何十年という仲だが、私がグエストの村に引っ込んでからというもの、とんと連絡がつかなくなってね」

「まあ。それは心配ですわね」

「だが、つい先日、唐突に手紙をよこしてきてね。それにはどこに住んでいるとか、いまなにをしているかとかは書かれていなかったのだが……そういうのは、知らされなかったら余計に気になるものじゃないか?」

「そういうことでしたら、王国内にいらっしゃるかだけでもお調べしましょうか? わたくしたちに一つ命令してくだされば――」


 リリィがそこまで言ったところで、キラの耳には届かなくなっていた。

「へ――っ?」

 白馬のユニィが、突如として走り出したのだ。

 ばんっ、と空気の塊が顔にぶつかる。文句を言うどころではなく、口さえもろくに開けずに、キラは必死になって白馬の首にしがみついた。


 そうしてようやく、目を細めつつ白馬の行く先を見る。

 誰かが、小鬼の群れに襲われていた。うまく応戦し、残り一匹というところで、足を取られる。


「ユニィ、急いで――や、ごめん、ちょ、ま――ッ!」


 キラの制止などろくに耳を貸さず、白馬は駆ける。

 草原を踏みしめ、川を飛び越し、ぐんぐんと近づく。

 そうして、あっというまに一匹のゴブリンに詰め寄った。両前足を高らかに上げ、それと同時に怒鳴るように嘶く。


 振り下ろされる、蹄。

 小鬼は、自らを襲う脅威が何かを知ることもなく、ぐしゃりと潰れた。

 緑色のどろりとした液体が周囲に飛び散り、

「ユ……うわあ……」

 最も近くにいた少年がどろまみれになっていた。


 十二、三歳くらいだろうか。割と小柄な少年は、一見すれば村人だった。服もズボンも靴も、素人な誰かが繕ったもののようだ。

 だがキラの知る村人たちとは違い、革の鎧を身に着けていた。

 胴体に腕に脚。リリィのように最低限の装備だったが、彼女の着ている鎧のような頑丈さもきらびやかさもない。

 騎士にも剣士にも見えない少年は、長めの金髪を緑色のどろどろに染め……そのせいで、鼻につくような匂いも放っていた。


「あー……えーっと……」

 ずん、と地面に手をついたまま落ち込む少年に、キラはなんと言って声をかければいいのか分からなかった。

 やがて、少年はぎらりと顔を上げた。

 烈火のごとく、吠えまくる。


「おまえな、一体何なんだよ! ゴブリン相手の対処法もわかんねえのかよ! 馬で踏み潰すとか、一番ありえないだろ!」

「い、いや、でも……」


 キラはそこまで言いかけて、はたと口を閉じた。

 牙を向いて獣が威嚇するかのごとく。憤慨して見せる少年の顔を、まじまじと凝視した。


「ンだよ、逆ギレか! 睨んでんじゃねえぞ!」

 何を言葉にするか戸惑っていたところ、幾重にも重なる蹄の音が聞こえてきた。

 リリィとランディが、慌てたようにやってきたのだ。ふたりとも、問いかける間もなく、状況を察したらしい。


「あらあら、まあ……」

「ユニィ! まったく、君というやつは問題しか起こさないな!」

 ――ああっ? ゴブリンごときが視界に入るのが悪いんだ、クソジジィ!

 白馬の嘶きに重なる、低い男の声。

 もはや聞き間違いでも、夢うつつな幻聴でもない。


「馬、喋ってる……」

 誰にも聞こえるはずのないかすれた声に、


 ――喋ったら悪いか、小僧!


 ユニィだけが、鼻を鳴らしつつ反応した。




 川で一通り体を洗い、異臭を取り去ったところで、少年は同行を申し出た。

 グリューンと名乗る少年は、まだ十二歳にもかかわらず、”冒険者”として世界中を渡り歩いているらしい。

 だが運悪くゴブリンの群れに取り囲まれてしまい、それにパニックになってしまった愛馬が逃亡。

 不慣れな土地で馬もなしに歩くのは気が滅入る――グリューンは声変わりのしていない甲高い声で主張し、ロットの村まで同行することとなった。


 が……。

 キラとしては、面白くなかった。


 ゴブリンの群れと戦っていた経緯にも、ゴブリンの液体をかぶってしまったことにも、その不運さに同情はしている。

 しかし、異臭で泥まみれになった責任を全て押し付けられたのには、納得がいかなかった。キラが誤解だと弁明し、ランディもその口添えをしたが、少年は考えを改めることがなかった。


 しかも。なんと。あろうことか。

 リリィとの相乗りを希望したのだ。

 ただ、それでもキラが平然としていられるのは、

「ちぇっ。じいさんとかよ」

 少年の希望を、リリィがさらりとかわしたためだった。


 グリューンは、美少年だった。さらさらとした金髪に、目鼻立ちのいい顔つき。笑う顔は可愛らしさと格好良さが同居し、きりりとした表情は勇ましい。文句のつけようのない美男子っぷりだった。

 それでも。

 リリィは断ったのだ。

 ちっぽけで狭量だとしても、キラはそれだけで胸が一杯になった。


「グリューン。そろそろキラを許してあげたらどうです?」

 背後の方から、リリィの美声が聞こえる。そのまた後ろから、少年のいやに甲高い声が耳に響く。

「やだね。実際に乗ってんだから、じいさんの愛馬だってのは理由になんねえよ。ろくに制御できねえやつに頭下げたりしたくねえな」

「けれども、あなたは助かったのですから。冒険者ならば分かるはずですわよ。命あっての冒険であると。ね?」

「ちぇっ……仕方ねえな」


 心底先頭で良かった、とキラは思った。にやけそうな口元を隠すすべがない。

 ――小僧のくせに。一丁前にごきげんだな?

「まあね」

 キラは応え、はたと気づいた。

 グリューンが巻き起こす様々な諍いで、忘れていた。否、喧騒に巻き込まれることで、ずっと目をそらしていたかった。

 ユニィという白馬が、しゃべるのだという事実から。


「あー……聞こえてる?」

 自分を乗せている馬をまじまじと見下ろす。

 だが、白馬は喋らなかった。湿っぽい風がきれいなたてがみを撫でる中、馬らしい返答があるのみ。


「キラ? 聞こえてますわよ?」

 リリィの優しげな問いかけで、キラは我に返った。

 ぱっと振り返ってみるも、彼女は一直線に見つめてきている。白馬の方へは、視線をそらしもしない。

 彼女には、ユニィらしき声は聞こえていないようだった。


「キラ?」

「え、ああ、いや……あの、冒険者って、何?」

 苦し紛れの質問に、リリィは美しくほほえみ、

「……はっ。知らねえとか」

 小馬鹿にしたような声が、グリューンの方から聞こえた。


 少年は出会ったばかりだ。記憶喪失などの事情を知るはずもない。

 何より……。誰もが、リリィやランディのように優しくはないのだ。

 キラは村で味わった孤独感に眉をひそめ、そして今更のように、グリューンにバカにされたことに口をむっつりとつぐんだ。

 ――おいおい、荒れてんな……

 そんな幻聴の言葉に聞こえないふりをしつつ、リリィの声だけに集中する。


「冒険者とは、総じて世界の未知を求めて旅するヒトのことを指しますわね。王国では……その、少し意味合いが違ってきてますが」

「ふぅん……? それって、旅人とはどう違うの?」

 続けて質問をすると、グリューンがまたも鼻で笑った。


 ――おい

 キラは奥歯を噛み締めながら再度幻聴を無視し、リリィの言葉を待つ。


「世界にはまだ見たことのない土地や景色があるはず――これを信条として、自ら率先して未発見の土地へ赴くのが冒険者です。王国は、約千年もの間、領土の維持と管理を続けてきたので、最近では冒険者を必要とはしていませんが……」

「んあ? 別に冒険者は開拓専門なわけじゃないぜ? そりゃまだ見たことないもんがありゃ行くが、大抵はちまちました実地調査が収入源さ。領主からの依頼とかな」


「王国には領主はいませんのよ。そう呼べる立場にあるのは、公爵家である”御三家”のみ」

「そりゃ知ってるよ。エルトリア家、サーベラス家、エマール家。とくに、エルトリアは王国を支配してると言っても過言じゃない――なにせ、支部を各地に置くことで、竜ノ騎士団が封建領主そのものになってんだからな」

「そのとおり。王家と最も血の繋がりのあるエルトリア家が、王国の”盾”の役割を果たしていますの。けど、私情で騎士団を動かすことは出来ませんのよ? 何しろ、騎士団を維持するための莫大な費用は国が負担しているのですから」

「有名な話だな。ってか、”支配”ってのは言葉の綾であって、悪い意味で言ってんじゃねえからな?」

「ええ、存じていますわよ。ただ、それほど博識とはいえ、まだ十二歳。偏った考え方や知識を持ってほしくなかっただけ――」


 ――おい!

 リリィの言葉を遮る幻聴に、キラは思い切り眉をしかめた。

 文句を言おうとして白馬の後頭部を睨みつけ……顔を歪めた。

 ――お前、自分で気づいてねえな?

 低い声が怒鳴るように言ったとき、身体の中で嫌な違和感が始まった。


 頭からサアっと血の気が引き――ドンッ! と今までにないほどの派手な合図で、心臓が暴れだした。

「ン、うぅ……!」

 たまらず、キラはうめいた。

 白馬のたてがみに顔を埋める。


「キラっ?」


 リリィの声が、どこか遠い。

 身体がひたすらに熱かった。心臓がわけもなく暴れまわり、それに呼応するかのごとく、全身がしびれていく。

 息をする間もない。


 ――おい、オイッ! たてがみを掴むな、抜くな!

「ごめん……けど、仕方がないんだ……」

 ――なにがだよっ?

 それでも正気を保ち続けていたのは、身体の強靭さと不思議な幻聴と、

「キラ、キラ! しっかりしてくださいな!」

 リリィの呼びかけがあったからだった。


 いつの間にやら、白馬から降ろされたらしい。気がつけば草原に横になり、リリィに抱きしめられていた。

 反射的に閉じてしまう瞼を強引に開けると、彼女の悲しそうな顔がまっさきに飛び込んでくる。


「前から思ってたけど……胸当てが、痛いんだよね……」

 キラはそんな表情を見たくなくて、ひきつる顔で軽口を叩いた。なんとか、ニヤリと口端をもちあげてみる。

「胸当てですわね? わかりましたわ」

「え、あの、冗談……」

「まだ落ち着いていないのですから。喋らないでくださいまし」


 かちゃりかちゃりと音がしたあと、柔らかな感触が右上半身を包む。

 だがその感触を楽しむ余裕も、密着する暖かさに恥ずかしがる暇もなくなった。

 全身のしびれが、一層増していく。体中を貪るように、すべての感覚が麻痺していった。


 ――タフだが、それが仇となってんな

「これはまずい。かなり負担が大きいみたいだ」


 白馬の鼻と老人の手。それぞれが肩に当てられたのが、不思議とわかった。

 すると、徐々に、徐々に。身体中からしびれが抜けていく。

 手の暖かさや、鼻息の生ぬるさ、リリィの体温。さらには服を突き抜けチクチク刺してくる草原の感触も蘇る。

 耳からは川のせせらぎが聞こえ、鼻をくすぐるのはリリィの濃くも甘い香り。

 そうしてようやく、瞼も軽くなった。


「大変そうだな」

 視界には、リリィやランディが覗き込んでいる他にも、少し離れたところで小柄な少年が見下ろしていた。

 身体はまだ動かないが、

「いうね……他人事みたいに……」

 そう言い返すだけの元気は戻っていた。

 なにか反応するかと思いきや、グリューンは眉をひそめただけだった。ふんとそっぽを向き、川のせせらぎのする方へ歩いていく。


 小さな後ろ姿を目で追う――と、額にヒヤリとした感触が宿った。

 リリィが魔法の水で濡らしたタオルを押し付けてくれたのだ。思わず、気の抜けた声が出る。

「ふふ……。こんな状態では、ユニィには乗れませんわね?」

「だね……。もう紐でくくりつけるしか……」

「そんなことはいたしませんわよ。ちゃんと、わたくしが支えますわ」

「うん……。……うん?」


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