872.臆病者
剣が纏っている〝亜空〟の力と拮抗――一瞬ののち、その膜を砕く。
抜刀の勢いのままに、〝翼剣〟を弾く。
そこでキラは確信した。
明らかに、〝神〟は弱体化している。
〝神〟に感情があるかどうかは別として、恐怖に似た何かに支配されていた。敗北に近づきつつあるという事実を、受け入れられないでいるのだ。
だからこそ、あっけないほど接近戦を制することができた。
その上で、
〈〝モード:ガトリング〟――〉
〝ちびえると〟が畳み掛ける。
〈〝エンドレスファイア〟!〉
エルトは可愛らしい妖精姿をヒトサイズに調整し、左腕をガトリング砲に変化。右手で取っ手を掴むなり、ぐるぐると回し始める。
すると、ボンボンボンッ、と無数の〝雷〟の弾が飛んでいく。
それぞれ片翼の悪魔に着弾するなり、小さく爆発。
鎧のように纏っていた〝亜空〟の力に、着実にダメージを与えていく。
〝雷の神力〟では、やはりその防御を崩すまでにはいかない。
とはいえ、〝波動〟は乱れに乱れている。それこそ遠目からでも感知できるほどに。
〈――キラくん!〉
エルトの〝声〟が響く前に、キラは動いていた。
「〝術式:着火〟」
すぐそばを通り過ぎる〝雷〟の力を借りて、〝センゴの刀〟に火を入れる。
燃え盛る刀を手に突撃して――悪魔の胸に、突き刺した。
〝亜空〟の鎧を貫き、心臓を守る〝キューブ〟にも食い込む。
「ぐ、ぬっ……!」
「――〝灰燼〟!」
〝波動術〟により、炎を前方向へ放出。
エルトには遠く及ばない、威力重視の雑なコントロール。
ただし、〝神〟の心臓までほぼゼロ距離である。
〝センゴの刀〟の切先を伝って〝キューブ〟の内側へと潜り込み――一気に吹き荒れる。
〝キューブ〟も〝亜空〟の防御膜も粉々に砕き、〝神〟が纏っていた義体にも大きなヒビが入った。
しかし――。
「あと一手か……!」
心臓そのものを焼き尽くすには至らなかった。
その事実を前に、一瞬にして思考を回す。
心臓は弱っている――もう少し踏み込めば刀が届く――だが〝神〟が反撃の一手を打とうとしている。
「――」
そこでキラは、その場から退避する選択をとった。
何かが飛来するのを直感したのである。
ソレは、一瞬後に〝神〟に着弾。
パキッ、と空気の割れるような音がするや、心臓あたりにクリスタルのような〝氷〟が取り付いた。
ネメアたちが――狙撃手を担うレタが、〝氷枷〟を撃ったのだ。
「直撃――したけど……!」
〈まだ足りない……ッ!〉
改造スナイパーライフルで放たれた〝氷枷〟は、確かに悪魔の義体の心臓を凍らせた。
だが、効きが悪い。
拳の大きさほどならば問題ないはずだが、一部分しか氷で覆われなかった。
「――もう、よい」
心臓部から漏れ出る〝亜空〟の力の波動だけで、〝氷の神力〟による侵蝕を防いだのである。
〝雷〟が〝キューブ〟に効きづらいのと同じように、〝氷〟もまた弱点とはなり得ない。
「迷いは晴れた……感謝するぞ、人の子よ」
枷を外すかのように、ひび割れた義体が剥がれ落ちていく。
本来の〝神〟が降臨する。
心臓から放たれる〝力〟は、これまでにも感じたことのない密度と規模を放っている。
〝神〟が敵である限り、この世のどこにも安全な場所はない。いかに〝亜空〟の力で誤魔化していても、ものの数分でバレる。
唯一の撃退方法が、最悪を生んでしまったのだ。
「世界を……。造り直す」
どんな迷いがあり、何を思ったのかなど計りようもないが――この世界のことも、〝混沌〟のことも、なにも憂慮することのない結論に至ったらしい。
義体が剥がれ落ちて、本当の〝神〟の姿が顕になる。
その輪郭は、人。
頭があり、腕があり、胴体があり、脚がある。
ただ、人とはかけ離れた存在だった。どこにも肉体はなく、〝力〟の塊が人の形を成して、うっすらと光り輝いている。
その圧倒的な存在感に、逃げるべきだと直感した。
生存本能に屈してしまいそうなところを、キラは自分の言葉で叩きのめした。
「はっ! 臆病者には務まらない大役だね」
〝神〟はもちろん、自分に対しても煽る。
戦い始めてから今この瞬間まで、〝雷の神力〟も〝闇の神力〟も、〝神〟の有する〝亜空〟の力に届いていない。せいぜいかき乱す程度。
ヒトの身ゆえか、あるいは、何かが欠けているからか。
それはわからないが……それでも、諦めるようなことはできない。
「……力の差を見よ。もう希望はない」
「……最初から。そんなものは望んじゃいない」
今、頭にあるのは、古代人を救うこと。彼らの死は、未来がなくなることを意味する。
どう戦うのか。どんな策が必要なのか。何が通用して、何が通用しないか。
少しの恐怖も割り込ませないように、頭をフル回転させる。
「だいたい、迷っただのなんだのって……。偉そうに」
ここから先は、何を信じるかという戦いにもなる。
それに真っ先に答えを出したのが、ブラック。宗教じみた忠誠心を誓って、戦い抜く心構えを示した。
そんな彼に対して、キラもエルトも出遅れたと言える。
今、すぐに答えを出さねばならないというのならば。
「偶々そういうふうに生まれただけの紛い物に、その日の気分でいいようにされるだなんて。虫唾が走る」
「……因果なものと、常々思う。だが……貴様も同じよな。人として生きるには苦しかろう? 半端に力を持ち、半端に肉体を持つが故に、注目を浴び……すり減る。未来は、明るいか?」
「――だから、迷えないんだよ」
「ほう……?」
「偶々〝神の力〟だなんてもんが宿ってるんだから。そんなのは厭で厭で仕方がなくって、どうにかしてくれとは思うこともあるけど……。随分と目覚めに時間がかかったり、暴れん坊だったりしても――この〝力〟が裏切るようなことはなかった」
「ゆえに、我に届くとでも?」
「ゴミカスとでも思うんだったら。どうぞ、早いところ世界を造り直してもらって」
「……」
「っていっても、君の領域に到達してるとは思わないよ。僕らは、まだ〝神力〟の正体を知らない。だから、僕も例に漏れず……仲間ってやつを信じるんだよ」
キラは〝ムゲンポーチ〟を開けて、声をかけた。
「出番だよ、〝ちびぶらっく〟」




