871.まがいもの
見た目はまさしく妖精。
セミショートがさらりと揺れて、スタイルのいい体を包むドレスがキラキラ輝く。
その小ささもあって愛くるしいが、おさわり厳禁……なにせ、純〝白い雷〟製。百パーセントの力が込められているのだから、見かけによらず凶暴である。
〈よぉ〜っし! 暴れまくるぞ!〉
〝ちびえると〟が楽しそうにくるくると飛び回る。
元気があふれんばかりの様子を確認してから、キラは自分の手のひらに目を落とした。意識して〝雷〟を使ってみるものの、静電気すら起きない。〝精霊召喚〟が〝雷〟全てを持って行った証拠である。
〝ちびえると〟がいる間は、〝雷〟を使えない。
しかも……。
「持って三分……」
そのことを強く心に刻んでから、〝神〟の位置を確認した。
そこで、船首がすこしだけ雲の上から顔をだす。
手筈通りに展開していたシールドが一瞬だけ途切れ、キラは飛び出した。
「――来たか」
ダミーに釣られていたはずの〝神〟が、一瞬で目の前に迫る。
それは想定済み。
キラは焦らず〝覇術〟で空中に留まり、〝ちびえると〟はむしろニヤリと笑っていた。
〈ふふん! イラついてんね――私たちに接近戦仕掛けるなんてさ!〉
「〝力〟を使うも、この手で殺めるも――どちらも変わらぬ」
〝神〟は、明らかに冷静さを欠いていた。
ネメアの話では、〝ニセモノドローン〟には〝イナズマグレネード〟なるものを搭載していたという。
ドローンが破壊されれば、爆発とともに〝雷〟が放出されるという代物である。
それがコピー由来の〝雷〟だろうとも、〝神力〟なのには代わりない。ダメージの有無はともかく、効果はあったらしい。
〝神〟は天使の義体を改造して、より凶悪な姿と化していた。
真っ白で彫刻のような無機質さには変わりはない。
しかし肘や膝などの関節が禍々しく突き出て、人の体など簡単に貫くようなトゲが形成されている。
それだけではなく、右手には武器を持っていた。左の翼をもいで、そのまま剣の代わりとしたらしい。
極め付けは、失われたはずの左腕。
召喚した無数の剣を寄せ集め、巨大な腕として利用しているのだ。あまりにも歪なデキである。
もはや、天使というよりも悪魔。端正な顔つきは唯一変化がなかったものの、禍々しく歪んでいるように見えた。
「――〝キューブ〟を纏ってる」
〈だね〜〉
〝波動術〟あるいは〝覇術〟を習得していなければ、気づくこともできなかった。それほどに薄い〝力〟の膜が、片翼の悪魔を覆っていた。
見たところ、〝キューブ〟ほどの強度があるわけではない。
細部にまで〝力〟を行き渡らせるためか、あるいは、動きやすさを重視したか。どちらにしろ、戦い方が変わってくる。
「……」
まだ、片翼の悪魔は動かない。〝波動〟にも乱れはない。
ジリジリとした時間の中で、キラは必死に頭を回した。
自然現象と超常現象を練り合わせたあの地獄は、今はない。使っていないだけなのか、それともその力を別にあてるつもりなのか。
どう考えても、〝神〟にはまだ余力がある。
ブラックによる〝闇〟の粒子のサポートがなく、エルトに探知役を任せられない以上、その余力分の動きに細心の注意を払わねばならない。
ゆえに。
「――」
打って出る。
待ちは悪手。後手に回れば、自由を与えることになる。
それを防ぐためにも、キラはあえて悪魔の目の前に躍り出た。
畳み掛けるようにして、右手に〝波動〟を集める。
〝キューブ〟を食い破った技を見せれば、悪魔も反応せざるを得ない。
片翼をはためかせて距離をとりつつ、無数の剣でできた左腕を押し付けてくる。
その〝剣腕〟の範囲は広く、しかも一つ一つに〝亜空〟の力が浸透している。
咄嗟の回避は難しく、迎撃など不可能――一人で戦っていたなら。
「エルト!」
〈――〝生態転化〟!〉
精霊エルトが、〝波動〟を溜めた右手に抱きついた。
かぷ、と手の甲に噛みつくや、〝波動〟を飲み込んで膨らんでいく。
「〝モード:白鯨〟」
〝白い雷〟そのものとなっているエルトは、〝変化の神力〟のごとく、ありとあらゆるものに〝転化〟することができる。
今回は、鯨。
キラの右手は、鯨の口を移植したかのように異形の姿となった。
〈〝ギガントイーター〟!〉
その原理は既存の技の掛け合わせ。
〝悪食〟、かける、〝雷業〟。
そうして出来上がった〝ギガントイーター〟が……鯨となった〝ちびえると〟が、悪魔の〝剣腕〟に喰らいつく。
「その、程度で――!」
〈ムムムムッ! 喰べちゃうもんね!〉
普通の〝雷の神力〟であれば、〝剣腕〟が纏った〝亜空の力〟になすすべもなかっただろう。
だが今の〝ちびえると〟は、濃い〝波動〟を取り込んでいる。
真っ向からぶつかって〝剣腕〟の勢いを止めつつ、噛み砕いていく。破片が飛び散り、みるみるうちに〝剣腕〟が短くなっていく。
ただ、全てを喰い尽くすには至らない――が、〝神〟は相変わらず戦い方がヘタクソ。
〝剣腕〟の軌道は素晴らしいほど直線的だった。
〝ちびえると〟の稼いだ数秒で避けることなど、造作もない。
「戻って!」
キラは〝隼〟で直線上から脱出。
同時にエルトを呼び戻して、〝センゴの刀〟に左手をかける。最短コースで〝神〟の前に飛び出した。
〝神〟は再び愚直に反応した。
左の〝剣腕〟が容易に砕かれたことに、よほど動揺したのか。はたまた、〝パルスドーム〟で命の危機というものを知ったからか。
まるで怯える獣の如く、右の〝翼剣〟を振り構えた。
「〝居合〟」
刀身に〝波動〟を流す。
そのタイミングで、〝ちびえると〟も次なる一手を仕込む。
〈〝機械転化〟――〉
今度は、キラにも彼女の動き方を予測できない。
その戦闘センスを信じて、
「〝閃〟」
振り下ろされる〝翼剣〟に向かって、〝センゴの刀〟を抜き放った。




