870.〝熱〟
「ならば。共に戦うべきだろう」
「おう……? なんというか……随分、珍しい物言いだね?」
「……考えていたことがある。この先を戦い抜くのに、何が必要か」
「必要なもの……? 欠けてるものなんてある……?」
キラはいまいち要領をつかめないという顔つきをしていたが、エルトはすぐに察してくれた。
〈キラくんはそういう意味じゃあ、ほぼ完璧だからね〜。変に引っ込み思案になることはあるけど、基本、どんなに強い敵でも逃げることなんて考えないもん〉
「ああ、そういう……。や、じゃあ、ブラックも同じじゃないの?」
そう問われてブラックは、初めて己の弱さを口にすることに気がついた。
少しばかり恐ろしい気もしたが……真っ直ぐに見つめてくるキラの目を見て、覚悟を決めることができた。
「俺には〝闇の神力〟がある。だから、強くいられた……怖けずにいられた」
「ふん……?」
「だが……今まさしく、この瞬間、〝神〟との戦いを控えている。〝闇〟をもってしても制しきれない相手……強く在ることが難しい相手だ。まずはこの戦いを乗り越えねば、元の時代に戻ることもできない」
「で……。怖くなった?」
「……多少は。迷いや困惑といった方が近いかもしれないが」
キラもエルトも、揶揄うような真似はしない。だからこそ、色々なところで色々なヒトに好かれ、必要とされるのだろう。
本音を言えば、ブラックもそうありたかった。
だが、レオナルドの優しさにかまけ、復讐じみた考えばかりを優先して……。馬鹿野郎という他にない恩知らずには、到底真似などできない。
だから、せめて。
「俺は、強いだけの、只人だ。だがここから先は、それでは許されない――〝神〟も〝始祖〟も、そんな俗物には目もくれない」
「……まあ。一理ある」
「俺も、心の強さが欲しい。どんな逆境にあっても、決して折れない心の強さが。――だから、決めた」
「? 何を?」
考えついた時には、そんなことができるのだろうかと、自分でも疑問に思った。
だが、意外にも……。澱みなく、抵抗なく、違和感すらなく――キラとエルトに対して、片膝をつき、首を垂れていた。
「あなた方は、俺の憧れだ。なによりもその精神性に、脳を焼かれるほどの感銘を受けた。お二人の高潔さを学び、支え、守りたい」
「お……? おぉおぉ……?」
「いま、ここに。あなた方に対し、絶対の忠誠を誓う。それが、俺に真なる強さをもたらしてくれる」
〝福音教〟の話を聞いた時、自分が関わっていることもあり、随分と大袈裟なことになったのだと思った。
ネメアやイロンたちが受け取った〝知見〟とやらが、後の世にまで轟かせたいほどの〝福音〟であるという話なのだろうが……一方で、当事者となってしまったブラックとしては、消化しきれないものがあった。
何しろ、人類史上初となる宗教の誕生である。
脈々と受け継がれていくことを考えれば、まだ何も成していない三人の〝迷い人〟を神格化してしまってもいいものかと、呆れもしたくらいだ。
だが……。
見方を変えれば、宗教化は当然のことのようにも思えた。
キラとエルトは、最初から、目の前のものをひっくり返そうとしていた。
この時代に飛ばされてしまった状況も、古代人たちに到底敵わない自分の実力も、唐突に降りかかった〝神〟との戦いさえも、全部。
正直にいって、イカれてる。
だがその〝熱〟が、関わる者たち全員に行き渡ったのである。
二人の判断について行っただけのブラックも、漏れなくこうして忠誠を誓うこととなった。
〈これは……。簡単には死ねなくなったねえ〉
「学ぶことあるぅ……?」
自分に関してはとことん無頓着なキラとエルトだからこそ、支えたい、守りたいとさえ思うのだろう。
ゆえに……。
「……〝福音教〟か、〝天神教〟か。どちらに入信すれば……?」
「ブラック、ブラック。ソコじゃないでしょ。変なこと考えなくていいから」
〈フフッ! いいね――テンション上がってきた!〉
○ ○ ○
応急処置と言っていたが、〝センゴの刀〟は実戦で使えるレベルにまでは修理され得ていた。
独特の波紋が波打つ刃には、ヒビをなぞるように黒い線が走っている。特殊な接合剤でヒビを埋めて、修繕箇所が分かるようあえて黒く塗装したのだという。
元の時代に戻り、〝神殿〟を見つけた際には、改めて完璧に修繕をしてくれるらしい。
それを実現するためにも、ネメアら古代人たちを死なせるわけにはいかないのである。
「――さて、最終確認」
〝雷〟は満タン。やる気も十全。準備も抜かりない。
「ブラックは僕のサポート。で、この舟はシールドと雲で隠密行動をしつつ、〝氷枷〟を打ち込む。最大四発で、狙いは〝心臓〟。細かいところは各自で適宜判断すること――いいね?」
あえて問いたださずとも、全員理解している。
コンマ一秒が戦いを左右し、生死を分けるこの状況……各々が最適な判断を下さねば、全滅あるのみ。
だからこそ、なのか。皆、吹っ切れた様子で声を上げていた。
「よし。さあ、いくよ、エルト」
〈いつでもオッケー!〉
雲の海の中を泳いでいた船が、浮上を始める。
その間にキラは、一気にかたをつけるための下準備に入る。
「〝術式:流転〟」
この技が、現時点での最高到達点。
名付けて。
「〝精霊召喚〟」
〝生きる魔法〟ならぬ〝意志ある雷〟。
「〝ちびえると〟」
キラの脳内に住むエルトを、守護霊として呼び出した。




