868.ダブる
「修理……? 直せるの?」
「修理って言うほどの修理じゃなくて……。どっちかっていうと、応急処置になるっぽいんだよ。だから、定期的な手入れが必要になるかも。ごめんね」
「いや、いや……。ありがたいよ」
「ペンドラゴンっていうのがいてね。なんか〝センゴの刀〟に触発されて、鍛治にも力入れ始めたみたいでさ。〝神殿〟に〝センゴの刀〟を完全修復できる装置か何かを設置するよう頼んでみるよ」
「ん、ありがと。……ん? ペンドラゴン……?」
聞き逃してはならない名前に、キラはネメアを凝視し……そこで、視線を外した。
ぼんっ! と轟音が聞こえるのと同時に、〝空舟〟が大きく揺れたのである。ただならぬ〝波動〟に肌がざわつく。
「ダミーに引っかかってくれたみたいだね」
〈え?〉
「相手は〝亜人〟……〝カミ〟だからね。こうして治療してる間も見逃しちゃくれない。ってことで、秘密兵器を色々と持ってきたんだ。〝ニセモノドローン〟もその一つさ」
〈へえぇぇっ……! 具体的にはどういう?〉
「特殊なシールドを展開したドローンをいくつか放っててね。タイミングを測って一つずつシールドを解除してるのさ。〝カミ〟はそれにまんまと釣られてる……ってワケ」
〈ふぅん……? 特殊なシールド?〉
「そもそも、シールドを張るってのは既存の技術じゃ難しくってさ。〝アクウ・コピー〟を取り入れて、ようやく形になったんだよ」
〈え……! そうなんだ〉
「で。この船もそうなんだけど、〝アクウ・コピー〟の最大限にまで高めたシールドを採用しててね。この船を視認できないのはもちろん、〝波動〟だって容易には感知できないくらいのステルス性能になってんのさ。……どう?」
〈すっっっっごぉぉい!〉
「ふふっ」
頭の中で反響するエルトの〝声〟に、ネメアは満足を通り越し、感動すらしていた。
いつも通りのやり取りに、キラもどこか安心感を覚えつつ、そっと立ち上がった。ふらりとふらつくも、ネメアの同僚であるレタが慌てて手を貸してくれる。
心配そうな彼女に礼を言いつつ、キラは考えを巡らせた。
現在、船は低速飛行で雲の中を泳いでいる。
ネメアの言う特殊なステルスシールドが展開しており、〝ニセモノドローン〟が囮を買っていることもあって、〝神〟に見つかるまでまだ少し猶予がある。
「ネメアたちは……。どういう指示で動いてるの?」
たった今ブラックが目覚めたのを視界の端で確認しつつ、キラは問いかけた。
「通信が途絶えた瞬間から、とりあえず使えると思ったものを各自で揃えて急行したからね。先のことは考えてなかったよ」
珍しいこともあるものだと思ったが、口にはしなかった。それだけ、『助ける』という執念に突き動かされていたのだろう。
「じゃあ、僕が作戦立ててもいい?」
「もちろん。なんでも言って。そのために来たようなもんだからさ」
「だったら、僕らの無茶に付き合ってもらうよ」
「ふふ。上等!」
キラはその頼もしさに思わず笑ってから、ひとつ頷いた。
○ ○ ○
今はもうどんな場所かも忘れてしまった〝楽園〟。
大災害が次々と重なり、地獄に落ちて消えてしまった故郷。
ブラックは、その様子を久々に夢として見た。起きてなお覚えているほどに、はっきりと。
妙だったのは、その内容だった。
いつもならば、空が赤く染まっていく光景に絶望していたり、〝忌才〟ベルゼが楽しそうに笑っている姿に憎悪を抱いたり……とにかく夢見が悪かった。
だが今回は、そのどれでもない。
レオナルドに背負われて迫り来る災害から逃げる……ただそれだけの夢。
今まで見たことがない、不思議な内容だった。
「ネメア。これ、わかる?」
「あ……。〝氷枷〟」
ブラックはぼうっとしながら上半身を起こし、何やら話し込んでいるキラの方へ目をむける。
夢の中で、一瞬だけ、レオナルドとキラが入れ替わる瞬間があった。
夢特有の破茶滅茶な展開ではあったが、ブラックは意外とすんなり受け入れることができた。
レオナルドに背負われて逃げていたあの時と、この時代に飛ばされた時。
〝六つ目の獣〟に目をつけられて逃げる際……同じようにして、キラに背負われて逃げることになった。
二つの状況は瓜二つであり、それが夢の中で重なったのである。
「これを……〝氷枷〟をぶつけて、〝神〟を封印したいんだよ」
「ふん……? そういう言い方をするってことは、私たちにそれをぶち当てて欲しいんだ?」
「そう。僕かブラックでできればと思ったんだけど、知っての通り、すぐに瀕死に追い込まれた……。あんなやられ方して、もう一回試せばなんとかなると思えるほど、僕も馬鹿じゃない」
キラとエルトの人となりを見極めようと思い立ってから、ここに至るまで……ひとつ理解できたことがある。
なぜ、レオナルドが〝始祖〟に対する〝作戦〟を二人に託したのか。
最初は今一つ納得できなかったことも、今になって腑に落ちるようになった。




