867.勝ち筋
○ ○ ○
ブラックの生み出した〝影の粒子〟は、確かに効果的だった。
しかし、それをも上回る術を、〝神〟が持っていたというだけ。〝影の粒子〟が意味をなさないほど、ありとあらゆる環境を召喚したのである。
どこかから地面を丸ごと持ってこようなど、誰が想像できるのだろうか。もちろん、戦いやすいよう場を整える意図などはない。
足元には溶岩が流れ出し、それに合わせて無数の竜巻が渦巻き始めた。
焼けるほどにまで気温が上がり、息もできないほどの豪風が吹き荒れる――大気を掌握されたのである。いくら〝雷〟で払おうともキリがない。
なにより脅威なのは、天使の姿を捉えられないということ。
視界は無数の竜巻で潰され、これだけ〝力〟が吹き荒れていれば、”気配”で探知するのも難しい。
そんな状況であっても、〝界域〟の支配者たる〝神〟には関係ない。いやらしくも的確に〝キューブ〟で追い詰めてくる。
これらをかわして近づこうとしても、強制的に転移させられる。
〝混沌〟とやらを恐れてか、十数メートル移動させられるのみではあるが、これもまたひどく厄介。
突っ込むのは無謀。立ち止まるのも悪手。離れるなんてもってのほか。
まごついている間にも、災害が次々と召喚されていく。
そこでエルトが妙案を捻り出した。
それまではキラもブラックも、互いに離れないように意識していた。互いを補いながらでなければ、到底生き残れないと直感したのだ。
だがエルトが提案したのは、その逆。
協力も連携もなく、個々に動いて〝神〟に近づく。
最終的な目的は、エンリルからもらった〝氷枷〟をぶち当てること。うまくいけば、〝神〟をも封印できるかもしれない。
ゆえに、その過程で、動きを共にする必要はない。
ブラックとエルトはともかく、キラは『できるだけぶっ殺す』ことに舵を切ったのだ。その意識の差が……狙いの微妙な違いが……〝神〟を揺さぶる。そうでなくとも、一秒の隙は生み出せるだろう。
賭けにも等しいが……たった一つ残った勝ち筋でもあった。
だが――。
「……ぁ……っ……」
一歩、届かなかった。
荒れ狂う自然も、猛威を振るう超常現象も、的確に襲いかかってくる〝キューブ〟も、ほぼ全てをかわした。
エルトとのスイッチ戦術を生かし、距離を詰めることができたのだ。
ただ、〝センゴの刀〟を使えないのが痛かった。
もはや〝神〟の攻撃方法は、〝キューブ〟だけではない。ありとあらゆる方向から剣や槍や弓矢が飛んできては、命を刈り取ろうとする。
〝覇術〟による格闘術でなんとかできるものの……キラもエルトも、刀による立ち回りがメイン。
軸となるものがない状況で、極限にまで追い詰められるとどうなるか。
その窮屈さが厭になり、強引に活路を切り開こうとしてしまう。
「ハ……ハ……」
やたらと〝雷〟を連発したのだ。
防御手段として放ったのはいいものの、そこから三発続けて、〝神〟を守る〝キューブ〟に向けて撃ってしまった。
本当ならば、〝波動〟の流れを読み取りつつ、的確な一発を入れねばならなかった。
そうして即座に取り付き、〝覇術〟あるいは〝波動術〟を使うべきだった。
「――くん――キラくんッ!」
数を撃ってしまい――それがブラックの動き方にも影響し――その噛み合わせの悪さを狙われる。
気がつけば、キラはブラックを庇い、いくつもの剣で全身を串刺しにされていた。
急所はなんとか避けた。
が、肩から貫く剣が、喉を裂く。
これほどにまで明確に死を感じたのは初めてだった。
事実――ネメアたちの到着が数秒でも遅れていたら、あるいは、串刺しにされた無様な姿に躊躇して治療が遅れていたら。再び意識を取り戻すことはなかっただろう。
「ね……めあ……。なん、で……?」
「助けに来たんだよ、ばかっ!」
ぼうっとする頭をなんとか働かせて、状況を整理する。
どうやら少し前まで、〝空舟〟の甲板で治療を受けていたらしい。周りには治療器具やら空の瓶やら血だらけのガーゼやらが散乱している。
ふと隣を見ると、ブラックもまた治療を受けていた。派手に出血しているところはないが、昏睡状態に陥っている。
ただ、山場は超えたのか、ブラックの寝息は安定しており、治療に当たっていた古代人たちも安堵で腰を抜かしていた。
「首に穴空いたと思ったけど……。傷跡すらないや。前に使った回復薬?」
「それだけじゃダメだったから、縫合したり輸血したり……」
ネメアとしては、他にも色々と言いたいところがあるらしい。
涙目にじぃっと見つめて、口を震わせて……今にも説教が始まりそうだったが、その全てぐっと飲み込んでいた。
〈ありがとね。おかげで、命拾いした〉
「ん……」
エルトの言葉に、ネメアは溜め込んだ涙をぐっと拭った。
〝亜人〟、すなわち〝神〟との戦いは、無理無茶無謀の連続。それを理解しているからこそ、ネメアも他の皆も、言いたいことを飲み込んだのだ。
キラはあえて深くは触れずに、気になっていたことを口にした。
「刀は……?」
〝センゴの刀〟は、剣帯から外されて、左隣に置かれていた。が、収められてるはずの刀身はなく、鞘だけが寂しく鎮座している。
「本部の方から連絡があってね。キラくんとエルトくんが刀を使わずに戦い始めたのが気がかりだ、ってさ。で、確認してみたらヒビが入ってるもんだから、修理をしてるとこ」




