866.獣と、亜人と
「行けるか……?」
オロスが手に握るのは、〝センゴの刀〟を参考に打った剣。試作品とはいえ、オロスの好みの重さと長さに合わせた自信作。
その最大の特徴は、〝波動〟の伝導率が高いということ。
鋳造の際に鉄の成分と温度を細部まで調整することで、オロスの持つ〝波動周波数〟に適合させたのである。
ゆえに、〝覇術〟の力を引き出す。
「行ってまえ……!」
オロスの振るった一撃は、それは凄まじかった。
山ほどに大きい〝獣〟の目玉を、一度にして潰したのである。噴火したかのように、大量の鮮血が噴き出る。
オロスは危なげなくその場から離脱し、船に戻る。
その一連の流れに作戦司令室が沸くものの――そこからが本番だった。
〝六つ目の獣〟の悲痛な嘆きは、もはや一つの兵器。容易に雲を蹴散らし、オロスたちの船を撃墜する。
距離を置いて撮影していたドローンにも影響がおよび、数秒映像が乱れた。
「あかんで、リーダー……! オロスらは無事やろうけど――〝雲島〟への指示はこっちで出さな!」
「オロスたちが直接指示をした方がはるかに効果的だが――そうも言ってられんか」
前線に出るにあたって、オロスたちには砲撃指揮権が与えられていた。
そのためのインカムを持たせたのだが、ほぼ間違いなく、〝獣〟の悲鳴で壊れてしまった。
マントスが通信士たちに指示を出している間にも、ペンドラゴンは〝班長〟としての役割を果たした。
「〝ヘクトル〟内の兵器はどないなっとる?」
「レーザー砲、二、巡航ミサイル、一、化学クラスター、一――復旧の見込みあり。ただし、時間にして二十分あまりかかる模様」
「――復旧に取り掛かるんはレーザー砲のみ。〝ママ・ポッド〟中心に回してく――一秒も惜しい勝負になる、皆にそう共有しといてくれ。もちろん、〝ヘクトル〟以外にもや」
「了解」
〝班長〟などという肩書きが見掛け倒しになるくらい、技術班は優秀である。方向性を示すだけで、全員で最適解へ向かってくれる。
指示を出さねばならない身としては、非常に楽。
だがその反面、下手に口出しすることはできず……ただ結果を見届けるしかないこの歯痒さを、ただ堪えなければならなかった。
「――っちゅうか、あの巨体、どう崩せばええねんな」
堕ちゆく船から脱出したオロスたちは、集団で動いている。
その狙いは頭。残る五つの目を潰すのと同時に、残った〝雲島〟を狙わせない意図もあるのだろう。
その意図を汲み取ったかのように、一つの〝雲島〟が仕掛けた。
レーザー砲が〝獣〟の脇腹あたりに直撃。
これに続けとばかりに〝雲島〟がそれぞれ攻撃を仕掛ける……その様子が、幾つもの映像で映し出されていた。
どれもが固い鱗に阻まれ、ろくにダメージが通っていない。
が、それは想定通り……〝ママ・ポッド〟の無限供給により、生身の肉体に届くまでレーザー照射は続く。
問題は、攻撃が通ったとして、どう打ち倒せばいいのか。
あれほどの巨体をそのまま倒してしまえば、攻撃が届く位置にまで展開した〝雲島〟はもれなく巻き込まれる。
〝再生する大地〟も無事では済まないだろう。
何が起こるかは未知数。慎重に進めるべき事案である。
だが――。
「先のこと考えるんは贅沢か……!」
オロスたちは、頭に狙いを絞って立ち回ってはいたが、すでに集団行動が取れていない。
〝六つ目の獣〟が動くだけで、嵐を呼ぶ。前脚を振り上げようものならば、数百という竜巻が生まれ、雷が縦横無尽に走る。
それを掻い潜ったところで、待っているのは振り下ろされる巨大な手。
「あんなん……どないせいっちゅうねん……!」
〝六つ目の獣〟にとっては、取るに足らない一つの行動。
たかだか前足の動き一つで、皆で積み上げてきた作戦が瓦解した。
レーザーを中心として仕掛けていた〝雲島〟は回避行動へ移る他なく、十分な距離をとった〝ヘクトル〟も揺れに揺れる。
「ドローンがほぼ落とされた……!」
「各〝雲島〟とも通信不能ッ!」
「連携が取れない……っ」
通信士たちから、次々と絶望的な報告が上がってくる。
さらには――。
「なんだよ、アレっ……!」
キラたちの戦況を写す映像では、地獄が広がっていた。
戦場は雲の上のはず。
だというのに、二人の足元には地面があった。
ある場所では溶岩が流れ、またある場所では氷山が突き刺さっている。
濁流する川に、荒れ狂う海に、超巨大竜巻――人が生存するには、あまりにも過酷な環境が詰め込まれていた。
さらにその上で、矢の雨が降ったり、無数の剣が地面から突き出たり、空間が捻じ曲がって爆発したり。
〝空間〟を司る〝亜人〟により戦場を支配され、意味がわからないほどに滅茶苦茶にされていた。
「なんか……ないんか。なんか、路は……打開策は……ッ!」
キラもブラックも懸命に喰らい付いていたが……限界が訪れた。
二人ともに自然現象と超常現象を掻い潜り、〝亜人〟に肉薄――キラが〝雷〟を叩き込もうとしたところで、ブラックが狙われた。
それをキラが庇い、墜落。ついで、ブラックもぶっ飛ばされた。
二人とも、同じようにして雲の下へと姿を消す。
「なにか……!」
ペンドラゴンは、見ているだけの自分が、心底嫌いになっていった。
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