865.ペンドラゴン
○ ○ ○
――数分前。
「ああッ! そんなっ……!」
最前線基地〝ヘクトル〟。
その作戦司令室で、誰かの悲痛な声が力無く響く。
皆が注目しているのは、ある一つのモニター。遠く離れた場所に念のために飛ばしていたドローンが、その瞬間を鮮明に捉えたのである。
「〝カゼキリ〟、墜落……ッ!」
状況は悪化するばかりだった。
〝六つ目の獣〟の急激な巨大化から始まり、続けて、〝亜人〟の出現。そして、恩人たちを乗せた〝カゼキリ〟の墜落。
まだ十四の〝雲島〟で〝獣〟を包囲しただけ。戦いは始まってすらいない。
だというのに、すでに作戦が瓦解しつつあった。
「く……!」
〝総司令官〟マントスが、祈るようにして映像を確認している。
キラ、ブラック、そして姿はないもののエルト……この三人の恩人たちの元へは、彼らと親交の深かったネメアたち数名が高速機動船で向かっている。
しかしこうして数秒が経つ間にも、映し出された戦況は刻々と変わっていく。
幸いにして、〝亜人〟の奇襲を察知できたらしい。キラとブラックが船から飛び降り、ことなきを得る。
何やら〝亜人〟と一言二言対話をしていた――ところへ、キラの体が不自然にぐらついた。
映像では見てとれなかったが、どうやら脇腹を抉られたらしく、鮮血が舞う。
絶体絶命。誰もが彼らの運命を見守る。
そんな中――ペンドラゴンは、マントスにあえて忠告した。
「リーダー、人の心配しとる場合やあらへんで。こっちはこっちで、どえらい面倒な事態になっとんや」
「――ッ。解っている」
「そないに心配せんでも、あの二人……三人? がそう簡単にやられるタマやないやろ。わしら技術班のエースも急行しとる。秘密兵器もいくつか持たせたんや、どうとでも切り抜けれる」
若干ではあるが……。ペンドラゴンは、ネメアらと共に向かわなかったことを後悔していた。
これまで、技術班〝班長〟として働き通しで、噂の〝迷い人〟たちと対面することはついぞ叶わなかった。
ただ、接点がなかったわけではない。
ネメアから散々話を聞かされたというのもそうだが、〝センゴの刀〟を検分したのが大きい。
技術屋として多くの兵器を編み出してきたが、あの刀ほど完成されたものは見たことがなかった。
あまりにも衝撃的すぎて、一日寝込んでしまったくらいである。
それほどに〝センゴの刀〟は、兵器として考えてみても完璧だった。
なにせ理論上では、折れることがない。
それどころか、たとえダイヤモンドを叩いたとしても、刃こぼれ一つしない。その上で、〝波動〟との融和性が高い。
正直に言って、ネメアから聞いた彼らの文明力では、到底造り得ない代物である。
どの時代で、誰が打ったのか。
〝センゴの刀〟を相棒に持つキラにさまざま聞きたかったが――兎も角ペンドラゴンは、技術屋として、そして兵器開発者として、焚き付けられた気分になった。
銃弾やレーザーには頼らない、使い手の実力を真に引き出す武器を、この手で生み出したくなったのだ。
その熱が高まりすぎて、兵器の調整そっちのけで試作品の制作に取り掛かってしまったのだが――結果としては、それで良かったのかもしれない。
「吉と出るか凶と出るか。初っ端から想定外の作戦外やが――当代最強っちゅうオロスを信じるしかないなァ」
当初の作戦では、〝雲島〟で取り囲んだのち、一点目掛けて一斉射撃。
〝ママ・ポッド〟による無限のエネルギー供給が実現したレーザー砲を中心として、砲弾やらミサイルやらを打ち込み……風穴を開けたところで、化学兵器を投入。
そういう流れだったが、状況が一変した。
〝六つ目の獣〟が、突如として巨大化したのである。ゴム風船を膨らますかのように、ボンッ、と。
それが本当にゴム風船だったのならば、何の影響もない。
しかし〝六つ目の獣〟は、文字通りに地上を支配する超巨大な化け物……それが急激にデカくなったのだから、その余波は凄まじいものだった。
すでに配置についていた十四の〝雲島〟は、ものの見事に隊列を崩された。
半数が高度を落とし。三つが機能停止に追い込まれ。二つが墜落。
ここ〝ヘクトル〟も、右へ左へ大きく揺らされ、兵器の三分の一が使い物にならなくなった。
被害は甚大。だからと言って、撤退は許されない。すでに〝六つ目の獣〟の封印が解けかかっているのだ。
立て直しと、攻撃開始と、作戦の修正。
〝獣〟が本格的に暴れる前に、その全てを同時にこなさねばならなくなった。
「〝覇術〟とやらがどこまで通用するかや……」
この最悪の状況の中で、先陣を切ってくれたのがオロス。兵器の修繕に時間がかかると判断するや否や、部下たちを連れて飛び出したのである。
もちろん、全員もれなく〝覇術〟使い。
それがどれほどの意味を持つのか、戦いにはとんと疎いペンドラゴンにはよく解らない。
ただ――ドローンから送られてきた映像を見る限り、〝覇術〟とやらをどれだけ信頼できるかが肝である気がした。
なにせ、〝六つ目の獣〟に突っ込んでいく飛空挺は、ゴマ粒ほどに小さい。
そこに乗り込むオロスたちは、まさにノミ以下。もはや〝獣〟に敵と認知されるか怪しいレベルである。
事実、船からオロスが飛び出したものの、〝獣〟は目を向けようともしていなかった。




