864.バカ
「で……。その一度目の〝混沌”とやらで、君が誕生したわけだ」
「正しくは、〝我々〟だ。――母なる〝神〟は、死した命に嘆き悲しんだ。故に、世界の行く末を〝我々〟に任せ、御隠れになった。貴様らが見ることも叶わぬ、〝第一界域〟に……」
「〝界域〟……。それも〝理〟?」
「〝力〟の奔流に、より耐えられるよう……星は順応した。地表を一層目とし……合計五つの層を積むことで〝混沌〟の発生を抑える。その各層が〝界域〟であり、これを司るべく産まれたのが我である」
「ふん……。空にそんなものがねえ……」
「馬鹿め。見ようとして見えるものではない」
その言いぐさにムッとしたが、グッと堪える。
「――星の繁栄のため、我らは残った種を導いた。人に助言を与え、荒れた星を再生し、種を増やす。しかしなおも〝混沌〟は巻き起こる。種族間同士の戦争が起こり、人が仲裁に入ったところで、星の許容量が限界に達したのだ」
「……」
「もう理解できたろう。大きな〝力〟は〝混沌〟を呼び、〝理〟を曲げる。――貴様らの〝雷〟と〝闇〟は、この星を壊す。即刻、正さねばならん」
キラは眉間に皺を寄せ、ため息をついた。
エルトも思うところが多々あるのか、同じようにして深く息をついている。
「……まあ。他の神サマはどうしてるんだとか、随分責任ばかり追求するじゃんとか、色々と言いたいところはあるんだけど。〝混沌〟の危険性を考えたら、理解はできる。ただ、どうしても引っかかるのが……〝六つ目の獣〟が、今まで一切話に出てこなかったことだよ」
「ふん。気になるか」
「そりゃあね。アレが最初に産み落とされてたら、不幸な事故で片付けることもできた。けど実際は、ネメアたちが敬愛する〝先代〟たちの時代で発見されてる。それだけじゃあなく、君があそこまで強大化させた――今日に至っては、アレを守る動き方もしてる。〝混沌〟を引き起こしかねないほどの〝力〟を持ってるってのに」
〝神〟は何も聞いていなかったようにだんまりとしていた。
その間に、キラは状況を把握しておく。
この空域一帯は、すべて〝神〟に掌握されている。〝亜空〟の力で満ち満ちており、首を刎ねるも心臓を刺すも、〝神〟の自由。
〝キューブ〟を介したわかりやすい攻撃方法は無くなるだろう。
突発的な変化が起こるか、あるいは、目に見えない形で干渉してくるか。
どちらにしろ、〝波動〟の微細な動きを感知することが大前提。
ただ、ブラックはそれをカバーするように〝闇の神力〟を使っていた。作り出した〝影〟の領域はそのままに、〝闇〟の粒子を全体的に散布したのである。
防御面を展開するだけでも闇色の粒子が反応し、ふわりと動く。
当然、〝波動〟と強く結びついている〝亜空〟の力が発動すると、その動き方を目にすることができるだろう。
気配面に頼らずとも、視覚で判断できるのだ。
ブラックの発想力と、それを実現できるだけの力量に嫉妬しつつも、キラはその頼もしさに勇気づけられた。
「星の繁栄と、〝六つ目の獣〟の存在。それがどう繋がるのか、是非ともご教授願いたいね」
「……〝混沌〟を制御するには、これより他になかった」
「〝六つ目の獣〟で古代人を迫害し、この星のほぼ全ての命を屠った。残ったのはネメアたち十万人の〝人〟と、少しの家畜と、〝六つ目の獣〟のみ。これほど生命が減ってなお、〝獣〟をけしかけ、君自身が動いている……それのどこが、星の繁栄のためなの?」
「貴様が一つとして理解できていないだけだ。〝混沌〟を……その真なるからくりを」
「〝人〟には何もできないって? 星のためを思って動くなんてないって? 〝神〟の領域にも到達し始めたネメアたちが? ――そんなこと、あるわけがない」
「……」
「〝人〟と〝獣〟を天秤にかけて、〝獣〟を取った。それは、〝原初の神〟とやらが産み落としたからに他ならない。どういう経緯があったにせよ……君らの親がとった判断。そりゃあ、無視はできないし……しようとは思わない。でしょ?」
「我を……〝神〟を愚弄するか」
「反論の一つもなく、感情論。〝神〟が聞いて呆れる。――ってことで、エルト、ブラック」
〝雷鼓〟を呼び出しつつ、右腕に〝ガントレット〟を巻き付かせ、同時に〝波動術〟の準備もしておく。
「計画変更」
〈だね〉
エルトは即座に同調してくれたが、ブラックは珍しく少しばかり戸惑っていた。
「おい……?」
〈アレに、ネメアちゃんたちの住む世界を任せてられないよ〉
「それはそうだが……。正気か?」
〈正気で本気。別にヒトを救えとは思わないけど――間違っても、あんな紛い物に手のひらの上で転がされるなんて我慢ならない〉
律儀なところのあるブラックも、色々と思うところがあったらしい。腹を括ったかのようにため息をつき、一緒にバカをやってくれる決断をした。
「で、どうするつもりだ」
答えは分かりきっているだろうが、キラはあえて口にした。
「できるだけぶっ殺す!」
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