862.悪食
「……ッ!」
幸いなことに、折れはしなかった。
ただ、ヒビが入った。
刀として形を保っていられるのが不思議なほど、大きなヒビが。
「折れなんだ……。我の〝力〟が弱まった……? ――闇使いか」
戦場は雲の上。というのに、いつの間にか辺り一帯には影が差している。
ブラックが〝闇〟の力で太陽を遮り、大きな影を造ったのだ。
〝闇の神力〟も、ある意味では空間を司る〝神の力〟……〝亜空〟を封殺できずとも、その力を弱めることはできる。
「平気か」
「ん……。まあ……」
ブラックの作った〝闇〟の足場に降り、〝センゴの刀〟を鞘に収める。
〝波動〟を纏わせれば継戦は可能なものの、相手が〝神〟ともなれば不安が残る。
師匠ランディが遺した唯一の形見で、いつ何時も手放せない相棒である。
使い物にならなくなったからと、そのまま捨て駒のように砕け散っていいとは思えなかった。
〈キラくん、気落ちしてる暇はないよ〉
理解していることを言葉にして届けられて、キラは〝神〟と向き直った。
「――〝力〟の使い方が変わった。〝波動〟の動き方が顕著だから、〝未来視〟なんてなくても読めるけど……」
「防御面は変わらず必須。加えて、俺の〝影〟の空域から出ないよう立ち回らねばならない」
〈なら、私とキラくんで前線を張るから、ブラックくんはサポートを中心にお願い。空間の制圧がキモになってくるから、その意識は落とさないこと〉
これまでは守りに入ってばかりで、ろくに攻勢に出なかった。
それが今、〝キューブ〟を再構築せず、攻撃の意思を見せている。
つまるところ――
「来る」
ここからが、戦いの始まりだった。
いくつもの小さな〝キューブ〟に取り囲まれる。
左首元、右肩、左肘、左脇腹、右腰、左臀部、右太もも、右足首。
同時多発的な爆発を引き起こし、致命傷を与えてくるつもりだ。
キラは、一瞬の判断でその場を飛び退いた。
直感した通り、〝キューブ〟は体に張り付いていなかった。あくまでも〝空間〟にのみ作用するらしい。
そうやって分析をしつつ、〝零下〟の感覚を〝波動術〟で呼び起こし、
「〝デルタ・チャンネル〟」
伸ばした右手と言葉そのもので、前方の空間に干渉する。
「〝クワイエット〟」
〝波動〟を支配することで、〝キューブ〟の防御不可の爆発を抑制する。
しかし、〝闇〟との兼ね合いもあってか、掛かりが弱くなった。
爆発を完全に防ぐことはできず、不可視の衝撃波が吹き荒れる。
〈キラくん!〉
響く〝声〟とともに、スイッチ――エルトがすかさず〝コード〟を使う。
「〝ドルフィン〟」
伸ばした右手はそのままに、
「〝ウルトラエコー〟!」
迫り来る衝撃波を、〝波動〟の伴った電磁波で相殺した。
ホッ、と安堵する間もない。
そのタイミングを見計らったかのように、〝神〟が次なる一手を打ってきた。
――否。この一連の攻防の間に、すでに仕込みを終えていたのだ。
「むぅ……っ!」
部屋一つ分ほどの大きな〝キューブ〟に、すでに取り囲まれていた。
逃げようにも、体が重い。〝キューブ〟内の重力が操られている――だけでなく、あちこちから圧力が掛かっている。
このままでは、〝空間〟に体がねじ切られる。
エルトは〝波動〟を全身に巡らせて、防御を最大限に高め――
「よく耐えた」
ブラックが〝闇〟を使って助けてくれた。
〝キューブ〟内のねじ曲がった空間をうまく捌き、〝影〟の穴を作って引っ張り出したのである。
「サンキュー!」
エルトは礼を言いながら、隻腕の天使に向かって特攻。
一秒もしないうちに距離を詰める。
〝神〟は動じる様子もなく、〝キューブ〟で防御を固める。
そこへ。
「〝ドラゴン〟」
飛ぶ勢いそのままに、仕掛ける。
「〝パワークロウ〟!」
右手に召喚したのは、竜の手。
歪に渦巻く〝雷〟の鉤爪で、〝キューブ〟を打つ。
スピード、掛ける、パワー。
〝キューブ〟がたわみ、悲鳴を上げるかのようにキリキリと音を立てる。
――が、割れない。
「――ッ!」
これ以上は無駄。
エルトは素早く判断して、身を翻して跳んだ。
〝キューブ〟の天井部に着地、と同時に、スイッチ。
「〝術式:纏〟」
キラは深呼吸をしつつ、〝キューブ〟に左手をついた。
〝パワークロウ〟の影響の色濃く出ている箇所を見抜いて、指を立てる。
「〝悪食〟」
手は口、指は牙。そう見立てて、指の先から肘までガッチリと固定する。
何物をも喰らう〝波動術〟を、〝キューブ〟にくい込ませ――突き破る。
瞬間、キラは頭を働かせた。
〝雷〟を放てば――しかし〝クロウ〟で残量がほぼ尽きている――充電している余裕はない。
コンマ一秒もない、刹那のチャンス。
「――〝ショック〟」
目をつけたのは、天使の義体の欠けた左腕。
その傷目掛けて、〝雷〟を流し込む。
指の先から静電気のように薄く細く迸り――傷口に、タッチ。
「ぐ……ッ!」
反撃に出ようとしていた〝神〟は、一瞬、硬直した。
ここで畳み掛ければ。
そうやって攻勢にのみ意識を集中させたのが不味かった。
〝神〟は腐っても〝神〟。戦い方が下手だろうが、その〝力〟の扱いに関しては右に出るものはいない。
「――! 足がッ」
「逃さんぞ……!」
〝キューブ〟が鼓動するのを感じて離れようとするも、底なしの沼にでもハマったかのように動けなくなる。
それだけでなく、膝をついていた右足が、ズズズ、と取り込まれる。
このままでは足を引きちぎられる――ヒヤリとしたものを感じつつも、
「上等……ッ」
引き下がるつもりはなかった。
〝ムゲン・ポーチ〟に右手を突っ込み、〝お守り〟であるバッテリーをギュッと握る。
そうしながら、左手は変わらず天使を捉え続ける。
「貴様……!」
「我慢比べといこうじゃん……!」




