861.つつみ
「チッ……!」
〈硬いか……!〉
ただ、〝神の力〟を封じ込める天使の義体が、やわなわけがない。
〝波動〟を纏った〝ペンドラゴンの剣〟が、いとも簡単に弾かれる。
「〝コード〟」
エルトがすかさずフォローに入る。
「〝ゴリラ〟」
〝センゴの刀〟を納刀しつつ、空気を踏んで急接近。
「〝コング――」
先ほどのカウンターを警戒し、攻防一体の〝波動術〟。
空中に作り出したのは、巨大な〝雷の両腕〟。
エルトが右腕を振りかぶれば、右の〝雷の腕〟も振りかぶり。左腕でガード体勢に入れば、左の〝雷の腕〟も同じ動きをして、エルトを守る壁となる。
「――ナックル〟!」
右の〝雷の腕〟で、勢いよくぶん殴る。
ブラックの体勢が崩れるそのタイミングで、拳が届いた。
〝キューブ〟の横っ面を叩き、バリバリバリッ、とすさまじく〝雷〟が暴れる。
合わせて、ブラックの分身体も突撃。
別の角度から、〝雷〟が暴れる面に攻撃を入れる。
〈壊れない……!〉
タネも仕掛けもない、シンプルな硬さ。
その事実こそに、挫けそうになる。
しかしそんなことではすぐに死んでしまう。一瞬の迷いですら命取り。
キラはすぐに思考を切り替えた。
〈エルト、交代!〉
「――ごめん、〝雷〟、ほぼ使っちゃった!」
問題ない。
それを伝えるためにも、スイッチした瞬間にオリジナルの〝コード〟を使う。
「〝術式:流転〟」
ネメア考案の〝雷〟回収方法——
「〝雷鼓〟」
〝雷〟の塊をドローンのように展開し、周囲から少しでもエネルギーを吸収していく。
〝雷鼓〟一つにつき、十パーセント――今はまだ五つしか同時に溜められないが、この段階で〝お守り〟の貯蓄分を使い切るよりかはまだマシ。
「ふうっ――」
〝雷〟の回復手段を取りつつ、一瞬の間に脳みそをフル回転させる。
〝キューブ〟も天使の義体も硬すぎる――〝神〟もそれを分かってか無理な攻勢には出ない――かと言って攻撃一辺倒になればカウンターに対処しきれない。
ただ、隙はある。
〝キューブ〟の表面に出来た、わずかな歪み。〝雷の神力〟と〝闇の神力〟が効いているという証拠。
その歪みの治りが、遅くなっている。
たとえそれがブラフだったとしても、利用しない手はない。
とはいえ、このまま〝神〟が黙って様子見をしているとも思えない。
自ら〝神の力〟を封じているのであれば、どんなタイミングであろうと解除は可能であり……段階的に力を解放していくことも考えられる。
――攻め手を変えねばならない。
「ブラック!」
キラは納刀状態の〝センゴの刀〟に〝波動〟を流し込みつつ、簡潔に伝えた。
「この空域の制圧を最優先!」
「――承知」
ブラックが天使から離れ、入れ替わるようにしてキラが肉薄――天使の背後を取った。
一瞬で、〝キューブ〟の状況を読み取る。
間近で見ると、〝波動〟の密度が凸凹に乱れている。マーブル模様にうねり、修復作業を行なっているのだ。
最も薄いところに目をつけて、
「――〝居合:閃〟」
ほぼゼロ距離からの、〝飛ぶ斬撃〟の抜刀術。
刀に乗せた〝波動〟を鋭く飛ばして〝キューブ〟を割り。
その一瞬後に、〝覇術〟の浸透した刃で内側へと潜らせる。
そうして、〝神〟を斬った。
〝覇術〟の乗った〝センゴの刀〟は、天使の義体に大きな傷をつけた。
「人間風情が……!」
〝亜空の神〟も、流石に動揺を隠せない。
その隙は、見逃せない。
本命を叩き込む。
「〝雷――」
〝雷鼓〟を引っ掴み、
「――業〟!」
そのままぶつける。
一割ほどの威力でしかなかったが、効果は十分にあった。
〝キューブ〟を粉々に壊し、〝神〟の体を〝雷〟が貫く。
惜しむらくは、なおも〝神〟は対処してきたということ。
咄嗟に小さな〝キューブ〟を張って心臓を守り、〝雷業〟の直撃を免れた。
ドンッ、という爆発にも似た雷鳴が、天使の肩を穿つ。瓦礫が崩れるかのように、がこ、と左腕が落ちていく。
「くそっ……!」
この一瞬で得るものは多くあった。
〝キューブ〟の歪みは、囮などではなく明確な弱点であるということ。
義体は〝波動〟には強いものの、〝神力〟には弱いらしいということ。
義体は何か別の〝神力〟で造られており、いますぐに修理できるものではないということ。
〝亜空〟の力さえなんとか抑え込めば、撃退できる。
その千載一遇のチャンスを、たった今、逃してしまった。
戦いは、次の段階へと移行する。
同じ手は……戦い方は、二度と通用しない。
「よもや……。このような低位の〝界域〟にて……。力を使わねばならんとは……。面倒な」
「……低位? 〝界域〟?」
「――身の程を知れ。俗物」
左腕を失った天使から、〝波動〟の流れを感知する。
キラは反射的に防御面を張り巡らせたが――
「まずは――ソレが邪魔よな」
この一瞬では、〝センゴの刀〟にまでは意識が向かなかった。
蛇が絡み付いたかのように、刀身のなかほどに小さな〝キューブ〟が張り付く。
びきっ、と。
イヤな音が響いた。




