860.エンジン
〈——なるほど〉
憶測が確信に変わった。
やはりあの美しい天使姿には、本来の〝神〟としての力をセーブする役割がある。
心臓部をよくよく観察すると、〝亜空〟の力の高まりがある一定のラインで抑えられているのだ。
すなわち、天使の〝心臓〟には、大きな負荷がかかっているということになる。
〝心臓〟目掛けて強力な一撃を放てば。本当の〝神〟の姿を引き摺り出すことができるだろう。
神殺しが目的ならば危険な一手だが、あくまでも撃退が目的。
何か〝神〟にとって都合の悪いことが起きるために、天使の姿となっているのだとしたら……狙わない手はない。
例えそれが悪手だったとしても、生き延びる芽はそこにしかない。
「キラくん!」
〈ん――〉
スイッチして、もうひとつ分かったことをブラックに伝える。
「神サマにも、戦いには慣れが必要らしいね。力をセーブしなきゃならないっていうのもあるだろうけど……基本、戦い方がヘタクソ」
「だが……。あのキューブ型のバリア……単純に硬い。まだまともに攻撃が入っていない――どうする」
「なら、やっぱり〝波動術〟がカギさ」
長々と話している暇はなかった。
自由になった〝神〟が次の一手を打とうとしている。
〝気配〟が動く――その前に、キラは接近した。
〝隼〟で一気に距離を積める。
抜き身の〝センゴの刀〟で、仕掛ける。
少し雑ではあるもの、振りの速さに特化した大ぶりの一撃。
一秒にも満たない速攻にも、天使は焦ることなどなかった。
再度〝キューブ〟を展開して、防御を固める。
刃が阻まれる――その直前に、〝未来視〟をコンマ一秒だけ発動。
このまま弾かれれば、絶命してしまう。
手に走る衝撃に目を細めている間にも、〝キューブ〟に囲まれて、消滅させられる。
〝覇術〟を使ってもなお無駄。
だから。
「――未来を視るか」
〝センゴの刀〟を押し当てる。
弾かれないように加減をして。
そして――。
「〝術式:着火〟」
〝波動術〟で仕掛ける。
「〝炎刃〟」
ネメアら古代人たちに〝波動術〟を習ったのは、そもそも〝殺し合いの定め〟および〝妖力〟をコントロールするため。
そこでまずは、女性と触れ合うことで強制的に発動する〝妖力〟から、〝波動術〟のきっかけを掴むことにした。
特定の〝波動周波数〟の動きを把握することに力を入れたのである。
そうして、〝波動〟のコントロールにまで漕ぎつけた。
「……! 忌々しい……!」
実を言えば、〝ハドウ・コピー〟たる〝覇術〟よりも、〝波動術〟の方ができることの幅は広い。
〝覇術〟が〝血因〟を中心として回るのに対し、〝波動術〟はこの世のあらゆるもの全てに均等に干渉できる。
ネメアたちのように極めれば、まさに万能。
空を飛び、風を呼び寄せ、水も氷もすべて意のまま。
規模は限られるものの、自然を掌握したも同然なのである。もはや最古の魔法と呼べるだろう。
〝炎刃〟も〝波動術〟の特性を最大限に活用した技。
〝波動〟で酸素を巻き込みつつ刃に纏わせ、〝雷〟で着火した〝消えない炎〟。
その一撃をもって、〝神〟の〝キューブ〟に斬り込んだ。
〈手応え――〉
「あり……!」
〝キューブ〟の強度は、すなわち〝波動〟の密度。
〝雷〟が弾かれたのも、〝闇〟の鳥籠が破れたのも、空間が歪んで見えるほどに〝波動〟が寄り集まっていたため。
とは言え、〝雷〟も〝闇〟も〝神力〟。〝神の力〟に違いはない。
力負けしたものの、〝キューブ〟を歪ませ――そこを〝炎刃〟で引き裂いたのである。
〈キラくん!〉
突破口を開いただけでは喜べない。
そこからさらに、〝雷業〟を叩き込まねばならない。
刀を引いて、手のひらを伸ばす――たったそれだけの動作が、〝神〟にとっては反撃にもってこいの好機となってしまった。
「分不相応」
「――ッ!」
〝キューブ〟が、爆発した。
間一髪のところでブラックの〝闇〟が壁となって割って入ったが――〝波動〟の衝撃波は、それをも貫通した。
「……ッ!」
〝覇術〟でどうにか防いだものの、新たに左肩と右太ももが抉れる。頭も揺らされたことで、一瞬意識が飛んだ。
そこを、エルトが〝スイッチ〟することでカバーしてくれる。
「ブラックくん!」
「分かっている……!」
流石のブラックにも、余裕はなかった。
突撃するのは分身体。
数秒、〝神〟の意識をひきつけ、その隙に接近する。
構える〝ペンドラゴンの剣〟には、密度の高い〝波動〟が絡みついている。
当然、天使は分身体を捨て置き、ブラック本人の動きに注目するが――。
「〝雷鳴ガウバウ〟……!」
エルトの咄嗟のサポートが邪魔をする。
〝神〟は即座に〝キューブ〟を再展開。〝ガウバウ〟を防ぎ、そのさまを以て、ブラックへの牽制とする。
だが――。
「〝シャドウゲート〟」
〝神〟は、やはり戦闘慣れしていなかった。
次の一手を読めていない。迫り来るものに対してのみ、策を張り巡らせている。しかも、すでに一度目にした策。
それに対して、何も考えないわけがない。
とりわけブラックは、キラもその底を知らないほどの天才肌。
「ぬ……!」
〝キューブ〟に穴を開けるようにして渦巻く〝闇〟。
そこへ〝ペンドラゴンの剣〟が突き立てられ――そのまま、一つとして抵抗もなく、〝キューブ〟内に白刃が侵入する。
そうして、心臓部をとらえた。




