857.瀬戸際
そして。
作戦当日。
「見送りもなしってのが、一層リアルだ……」
「生きるか死ぬかの瀬戸際だ。あの〝獣〟をなんとかしたところで、待っているのは〝亜人〟。炎の海を裸足で渡る方がまだぬるい」
〈お別れは昨日全部済ませたんだもん。いなくなる私たちにまで気を遣うことはないよ〉
不安は尽きないが、もう心配はしない。
三千年もの間、地上の奪還を目標に掲げて、古代人はあらゆる準備をしてきたのだ。その覚悟もまた然り。
ここにきてなお心配するならば、それは侮辱にも等しい。
「〝カゼキリ〟は乗り捨てていいって言ってたね。……すごい惜しそうだったけど」
「いくら知能が高くとも、古代人も設計図は残しているだろう。また造れる」
〈ブラックくん……それはデリカシーなさすぎ。ネメアちゃんにとって、自分の子も同然だったんだから〉
〝六つ目の獣〟討伐作戦は、以前にマントスから聞いた通り。
〝ママ・ポッド〟を配備した十四の〝雲島〟で、〝六つ目の獣〟を包囲。
前線基地である〝ヘクトル〟からは、数十機の高速機動型の空舟が飛び出し、〝獣〟の弱点を探る。
その弱点に対して、〝雲島〟がそれぞれの兵器でありったけの火力を叩き込む。
とはいっても、包囲する前に〝獣〟に目をつけられては何も始まらない。
そこでキラたち〝カゼキリ〟が、囮となるのである。
〝獣〟の動きを釣るだけ釣って、〝キューブ〟で元の時代に戻れば……。大振りな動きしかできない〝獣〟は、展開していた〝雲島〟に大きな隙を晒すことになる。
これを皮切りとして作戦が始動し……古代人たちが仕掛けている間に、〝キドウキューブ〟で〝神力〟を再起動し、元の時代に戻る。
うまくすれば、ものの獣数分で帰ることができるだろう。
とはいえ……。
「なんとかして引きつけたいけど……」
「無駄に長引かせると、かえって邪魔をする。ヤツの行動を釣った時点で、手を引くべきだ。何しろ……元の時代に戻ってからが本番だ」
「だ、ねえ……」
〝カゼキリ〟に乗り込み、操縦席に座る。
昨日、ネメアがあらかじめメンテナンスを済ませてくれたらしく、最初から〝簡易モード〟に設定されていた。
「出発は僕らのタイミングらしいから……。任せたよ、エルト」
そうやって声をかけると同時に、エルトが表面化を果たす。
「さ、流石に緊張する〜……。おっこちたらごめんね?」
〈なんなら空中で乗り捨てても大丈夫でしょ。僕もエルトもブラックも、もうそんなことじゃあ慌てないし〉
「だね。ネメアちゃんに謝っとけばよかったかも」
エルトは、〝カゼキリ〟のエンジンを始動させた。船内から唸り声のような重低音が響き、桟橋からゆっくりと離れる。
ペダルをゆっくりと踏み込み、前進。両手で握ったスティックを左右に倒したり、前後に傾けて、感触を確かめる。
「じゃ――いくよ!」
シールドを展開した後、徐々にスピードを上げ――アクセルを目一杯に踏み込む。
〝カゼキリ〟の船底が雲の海を切り裂き、トップスピードに乗る。
「最終確認ね。このままいけば、あと十分で〝六つ目の獣〟の目の前に躍り出る。データ回収の時みたいに隠れるような真似はなし」
〈で、対峙したその一瞬だけ僕と変わって、ブラックと一緒に〝神力〟を叩き込む。引きつけたら、エルトとスイッチして、また操縦に集中〉
「そこから先は、正直どうなってるかわからない。〝六つ目の獣〟に喧嘩を売りにいくのは、これが初めてだからね。なんとか座標には到着するけど……マズイってなったら船を放棄して、キラくんのスマホで確認をするようになる。いいね?」
その問いかけはブラックに向かっていた。
彼もまたスマホを持つように言われていたのだが、キッパリと断っていた。
随分と機械音痴のようで……スマホにもタブレットにも触れたがらないのだ。どうやら〝メモリーズ〟を使う際に、オロスと一悶着あったらしい。
「……離れないようにはする」
〈前の感じだと、〝六つ目の獣〟の放つ〝気配〟が強すぎて、気配面は役に立たないだろうからね。目視できる位置を意識しといたほうがいいね〉
そう言っている間にも、〝カゼキリ〟は〝六つ目の獣〟の支配圏内に突入した。〝黄昏現象〟を思い出すような息のしづらさが襲う。
「シールド展開しててもこれって、ホント規格外……!」
〈ってか、データ回収の時とは比べ物にならない〝気配〟……!〉
あまりの〝気配〟の濃さに酔いそうだった。エルトの操縦桿を握る手はわずかに震え、ブラックも立ちくらみでもしたようにふらりとする。
「長期戦は不可能だな……! 下手をすれば〝神力〟のコントロールも怪しくなる。しかも――」
「ね、ねえ……! なんか……なんか……!」
〝六つ目の獣〟の封印が解ける。それはすなわち、〝再生する大地〟では〝獣〟を抑えきれなくなっているという証拠に他ならない。
ならば、具体的に、どう抑えきれなくなっているのか?
「すっごくデカイんだけど!」




