855.血肉
「簡単に言えば、君の体質に秘密があった。その随分と〝頑強な身体〟に」
そのふくみのある言い方に反応したのはエルトだった。
〈やっぱ、キラくんが異常にタフなのは理由があったんだ?〉
「うむ。特殊な〝波動〟があるわけでも、〝妖力〟のような別の力が宿っているわけでもない……だから、ずっと見逃していた。前提条件と矛盾していることに、気づくことができなかったのだ」
〈前提条件?〉
「これは悪口でも、見下ろしているのでもなく……。我々と君たちとを比べた時、生物として完全に上下関係にある。君たちが散々褒めてくれたように、我々の方が知能が高く、また身体能力も高い」
〈そうだね……。……んー……?〉
「ということは。キラくんを検査した際、明らかな違いがあって然るべき。筋肉量や骨密度、血液量などなど……知能はともかく、身体能力の差がどこかしらで出てもおかしくはない」
〈ってことは……。違いがそんなになかった?〉
「それどころか、骨の強度はキラくんの方が遥かに上。大抵のことでは骨折はしないだろう。血の量に至っても、我々を上回っていた。これを調べたのはキラくんと出会ったその日だったのだが……生物的な観点から考えれば、ひどく矛盾していたのだ」
〈それって、〝神〟によってツギハギだらけにされたからじゃなくって?〉
「おそらくは違う。ツギハギとはいうが、もはや再生……キラくんの元の身体を完璧に再現している。多少なりとも影響はしているだろうが、我々と同等かそれ以上で在ることの説明にはならない」
〈ふん……。血と、骨……?〉
「問題は、なぜその二つの数値が異様に高かったのかだが……理由はさっぱりだ。何せ判明したのは一昨日。調べ切るには時間がない。だが――一つの仮説がたった」
〈どんな?〉
「君たちの時代には竜人族がいると言ったな。ネメアからは〝エルフ〟とやらが実在するのだと、興奮気味に聞いた。そしてヴァンパイアもいるのだと」
〈そうだけど……。うん……? ネメアちゃんが『実在する』って言ってたの?〉
「我々にとって人とは、肌や骨格が多少違えども、ただ一つの種でしかない。竜人族、エルフ、ヴァンパイア……どれも空想の物語の住人だ」
〈ふぅん……不思議な話。でもなんで、今そんな話を……〉
「キラくんは、人ではないなんらかの種族なのではないかと……そう思うのだ。各種族の特徴や、〝魅了の妖力〟を鑑みると、ヴァンパイアが妥当だろう。もっと詳しく調べねば確実なことを言えないのが悔しいところだ。――まあ、それはともかくとして」
イロンはそれまで畳の間のそばを行ったり来たりしながら説明をしていたが、思い出したかのように立ち止まった。
靴を脱いで畳にあがり、正座をして居住まいを正す。
「お……?」
ぼうっとその様を見ていたキラは、途端に礼儀正しくなったイロンに気が引けた。だらけて横になっていたのが悪い気がして、そろそろと身体を起こす。
「短い間だが、大変有意義な時を過ごせた。息の詰まりそうな空気を取っ払ってくれて……。とても、感謝している」
「いや……いや、それは僕のほうで……。イロンが積極的だったおかげで、僕も頼りにできたんだから……。感謝って言うなら、こっちこそ」
あまりにも急すぎて忘れていたが……もうイロンとは、ネメアとは、古代人たちとは、今生の別れとなるのだ。
彼らが〝六つ目の獣〟や〝亜人〟たちとどんな決着をつけるにしろ、その行方を見届けることはできない。
帝都を出立した時とはまるで訳が違うこの状況を……キラは、強く感じ取った。
「それと、ブラックくん。君にも大きな感謝を。ついに検査をさせてくれなかったのは残念だったが……。〝闇の神力〟について様々に教えてくれてありがとう。抽象的な能力で在ることもあって、〝六つ目の獣〟との戦いには使えそうもないが……今後、我々を支えてくれる〝力〟となるだろう」
「……そうか。――オロスは」
「彼が暇かと言う問いなら、残念ながら否だ。連絡もつかないほど多忙を極めている。当代最強の〝覇術〟使いとして、最後の最後まで皆の訓練に付き合っているのだ。わかってほしい」
「――ならば一言。出会えて幸運だった、と」
「……! 必ず伝えよう。きっと喜ぶ」
ブラックとイロンの会話を聞いて、エルトはもう耐えられなくなったようだった。
いつもならば真っ先にお礼を言いそうなところを、一向に〝声〟も出さない。
曲がりなりにも〝波動術〟を使えるようになったからか、彼女がわんわんと泣いているのがわかる。
キラはそれがあまりにも勿体無い気がして……机に置いたスマホに、目をつけた。
「あ……。そういえば、スマホ……もらっていいんだっけ?」
「ん? うむ、そういう話だったな」
「だったらさ……。えっと……。しゃしん、ってのが使えるんだよね?」
「む。それはいいアイデアだ。撮ろう」
ブラックも巻き込んで、ついでに途中合流したネメアも一緒に……。キラは、右目を赤く染めた状態で、何枚も写真を撮った。
ネメアは、この一日、全く顔を見せなかった。
対〝六つ目の獣〟配備で忙しいのかとも思っていたが……どうやら想像以上に、ネメアにとってこの別れは辛いものだったらしい。
「うう……! お別れなんてヤダよお!」
タイミングよくイロンがいるということで、元気よく合流したわけだが……イロンがいなくなるや否、わんわんと泣き出してしまったのである。
「ほらほら、泣かないの。そんなに泣かれたら……私だって……!」
表面化したエルトが慰めていたものの、彼女も彼女で感極まってしまい……。一緒になって泣いていた。
人の体でそんなに泣かないでほしい……などとは口が裂けても言えず、キラは二人が落ち着くまで感情のままにさせていた。
〈……落ち着いた?〉
「ん……。ん……。わたじも、いっじょに……!」
〈そりゃあ、そんなことができたら、僕らだって嬉しいさ。けどネメア……そしたらたぶん、後悔するよ〉
「でも……。でも……!」
仮に今ここでついてこようものならば、ネメアは〝六つ目の獣〟や〝亜人〟たちとの戦いを控える仲間たちのことが気になって仕方がなくなる。
彼らを見捨てたとして、自責の念にも苛まれるだろう。
選択の余地などないと解っているからこそ、余計に悲しいのだ。
とはいえ、そんな彼女を放っておくこともまたできない。
こういう時に頼りになりそうなエルトは、ようやく落ち着いたとはいえ泣き通し。ブラックは鈍感そうだが、目頭をそっと押さえていたのをキラは見逃さなかった。
〈ん〜……。あ〉




