853.方向
〈じゃあさ、じゃあさ。ブラックくん、元の時代に戻ったら〝ローレライ〟で活動するの?〉
「……さあな。もうヒューガのやつから教わることは何もない。なにせ、ここでそれ以上のことを身につけた……あの海賊団にいる意味もない」
〈なら……。〝忌才〟ベルゼを追う?〉
「当面はそうだろう。だがあの瞬間に戻ろうとも、おそらくベルゼはアベジャネーダにはいない。〝始祖〟の元に身を隠したはずだ。となると……」
〈おー……? じゃ、私たちと目的は一致するね〉
「そうなる」
ブラックがはっきりと言い切ったことに、キラは不思議な感覚を覚えた。
この時代に来るまでは敵同士であり、ネメアに助けられてからも、ブラックの殺意と敵意は薄れることはなかった。
それが、今は全くの逆。味方にすらなろうとしている。
今後、〝始祖〟と戦うにあたって、忘れてはならない感覚だと確信した。
「秘密裏にブラックと手を組むってなったら……。リリィたちは百歩譲って許してくれるだろうし、ラザラスさんなんかは歓迎すらするだろうけど……。っていうか、理由を聞かれたら……レオナルドの〝作戦〟の内容抜きには答えられないわけで……。でもそれがどこかから漏れ出もしたら、〝始祖〟の攻撃対象が広範囲に及んで……。んー……」
〈〝始祖〟が持ちうるものすべてをかけて戦争でも仕掛けてきたら、それこそ〝神〟との戦いに他ならないよ。まだその全容を掴めてもないのに……。無謀すぎる〉
「ってなると、雑用なりなんなり、ブラックに騎士団に正式加入してもらうのが丸い……?」
ちらりとブラックの方を伺うも、彼は話に加わるそぶりもない。
どうやらそこに関してはためらいなどはないらしい……というよりも、話が一つの区切りを終えるまで待っているようだった。
「僕らはそれでいいとして……」
〈国が……王国議会がどう判断するかだよねえ。ブラックくんは王都を陥落にまで追い詰めた張本人で……でも帝国は、今や同盟国。しかも、過去の溝をどんな手段を使ってでも埋めていきたいってタイミング……ボロは出来るだけ出したくない時期でもある〉
「ええ……? 騒ぐやつは絶対騒ぐじゃん。裏切りがどうの手引きがなんだってさ。たいして身を削ったこともないくせに、口だけは達者なんだよ。前線に出て死に目にあってから言ってほしい」
〈まあまあ。気持ちはわかるけど、それ言っちゃあ成り立たないところもあるんだからさ。だから、現実的に考えたら……やっぱキラ君が言ったように、雑用係での登用がいいんじゃないかなあ。どのみちリリィたちにはある程度説明しなきゃだけど〉
「そこに戻るんだよなあ~……。どう話したもんかな? いっそ、〝メモリーズ〟を使って全部話してみるとか……?」
〈人数限定するなら、まあアリ。けど一番マズいのが、みんなで〝作戦〟を共有したとして、方向性が少しでもずれちゃうってこと〉
「〝始祖〟は絶対に表に出たがらない……ある意味、自分で自分の行動を制限している状態。僕らとしちゃあ好都合なその状況を、崩したくはない。だから表立って準備をすることはなく、水面下で進めなきゃいけない。――それを、リリィたち全員が共通認識として持ち続けられるかどうか。ってか、それで我慢できるのかって話なんだよね……。少しでも色気が出たら総崩れ」
〈シリウス、アラン、リリィ、セレナ、クロエちゃん、ラザラス様、ローラ様……プラス、〝鬼才〟のエマちゃん。この八人全員が、迷いなく、もしかしたらこれから一生をかけて、レオナルドの〝作戦〟に従事しなければならない……。ん〜……〉
「へ、下手したら王国吹っ飛ぶかも……」
〈やめてよ……! 前向きに考えてんのに!〉
考えたくはないが、あり得ないことではない。というより、どこかで勘づかれれば、真っ先に〝始祖〟が打ってきそうな手ではある。
するとそこで、ブラックが静かに話し合いに割って入ってきた。
「一番に厄介なのは、〝始祖〟に対抗する策として打てるのは、現状〝神殿〟探し以外にないということだろう。今挙げた名前は、基本的に王都にいなければならない連中だ……〝神殿〟探しには向いていない」
「ああ……あ〜、そうなんだよ。捜索に行ったら行ったで目をつけられるだろうし……。〝始祖〟がどのくらい〝神殿〟の場所を把握してるかにもよるけど……」
「網羅している……どころか、監視網も敷いていると疑ってかかったほうがいいだろう。帝都では俺も目をつけられ、あのペトログラードでさえ手を焼いた。楽観的な考えは徹底的に捨てるべきだ」
「ええ……? じゃあ……?」
「話すべきタイミングではない、ということだな。ただ、〝神殿〟を一箇所でも見つけることができ、手中に収められたならば……話は変わってくる。レオの知識と、ここでの体験全てにより、〝神殿〟で何かしら大きく進展する。その過程で、レオの〝作戦〟も軌道に乗るだろう」
「ふん……。ちなみにさ。勝手に話進めてたけど、ブラックは騎士団に入るつもりはあるの?」
「……妙な気持ちではある。が、拒否感はない」
「つまり……入ってやってもいい?」
「わだかまりを感じていないわけではない……というのが現状だ。それを解消するためにどうすべきなのかはわからないが……。少なくとも、ここに来た時のような敵意はない」
随分と素直に応えてくれることに疑問を覚えたが……それを問いただすというのは野暮な気がした。




