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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
第1章

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87.妥協なき

 すでに、薄暗闇に浮かぶバザロフたちの姿が見えていた。

 三台の馬車が横倒しになり、それを盾にして戦っている。

 相手は、もちろん帝国兵士たち。

 かなり劣勢のようだった。

 こちらが二十数人にたいして、あちらはその数倍。

 魔法使いの人数差が、何よりの痛手だった。海賊たちも持ちこたえてはいるものの、バザロフを含めた何人もの戦士たちが、押しては引いてを繰り返している。


 まだ馬蹄が届くような距離ではなく、それどころか、薄暗闇を鋭く照らす数々の魔法でかき消されるほどだ。

 だが、仲間たちを鼓舞しながらも、バザロフははっとして振り向いた。

 キラは、暗がりに隠れる大男の見せた一瞬の表情に、躊躇した。


 オーガのような見た目ほど、彼が戦いを得意としていないことは、薄々気づいていた。

 ”コルベール号”で目を覚ましたとき、戦士には絶対的に必要な武器を携帯していなかった。何者かも分からない捕虜と対峙するというのに……。

 リリィたちのように戦う者としての心構えが染み付いておらず、だからこそ声と態度で鼓舞しなければならないのだ。

 戦場で垣間見せたバザロフの顔つきは、そういう必死さがあった。


 そして、

「親方……!」

「キラ、やっぱりオレたちは、親方を置いてはいけないみたいだ……!」

 それを、彼らも知っている。

 並走するサガノフとゲオルグを目にして……キラは不意に思い起こすものがあった。


 恥ずかしさだった。

 第一師団支部で転移が失敗して、エマール領を突っ切ることになって、困窮していた番兵ニコラと出会って――焦りが募っていた。 

 一分でも、一秒でも、早く王都に。そうやって考えていたときのこと。

 リリィは、困っている人を見過ごすことは許さないと、即座に判断した。


 騎士として、貴族として。どちらかを蔑ろにはできないと、綺麗事こそやってのけねばならぬと、言い切った。

 己を貫き、全てを救ける。

 その姿にこそ、憧れたのだ。


「なんて体たらくか……!」


 ”グエストの村”を出る前。

 誰かを救けるために剣を振りたいと。

 そう在るために、旅に連れて行ってほしいと。

 安い気持ちで、いい加減な思いで、口にしたのではないのだ。


「ゲオルグ! サガノフ!」

 耳元で唸る風にも轟く魔法の破裂音にも、負けないように叫んだ。

「僕が切り込む! だから、バザロフの援護を!」

 返事を聞かずとも、二人の方を見ずとも、どんな様子かはすぐに想像がついた。


 そうしているうちにも、戦場がどんどん近づいてくる。

 帝国兵たちには、すでに気づかれている。

「ふたりとも、飛び降りて!」

 タイミングを告げるまでもなく、ゲオルグもサガノフも馬の背中から飛び出した。


 キラもそれに続き、雪の上でもんどり打ちながらも、素早く体を起こす。肩の傷がずきずきとうずくのを無視して、ひたすらに走る。

 二人とも、すでにバザロフのもとに駆け寄っていた。

 バザロフが怒鳴りつける隣を、キラは走り抜いた。


「キラッ、テメェ、よくも――」

「ここを全員で突破する――それが最善!」


 魔法が飛び交う中を、躊躇なく駆ける。

 帝国兵たちはすぐに接近に気づき、杖を向けてきた。

 距離がかなりある――間違いなく魔法が放たれる――二本の杖が同時に向いた。

 キラは二つの杖先を見比べ、目を細めて――横っ飛びに避けた。


 炎と雷が、同時に空気を裂く。

 めらめらとした触手が絡みつこうとしたところへ、荒れ狂う稲妻が突っ込む。

「なにッ……!」

「くそ、スマン干渉した!」

 雪を撒き散らしつつ前転し、キラは手近な炎の使い手と距離を詰めた。


 今度こそはと腕を振り向ける前に、抜刀。

 その杖を、一刀のもとに切り伏せる。

 相手がうろたえて一歩退き。

「ガッ……!」

 そこへ追撃。


 一つ、二つと、”センゴの刀”を振り払う。

 敵はフルプレートアーマ。しかし刃で足首を裂き、峰でフルフェイスを凹ませれば、それだけで身動きができなくなる。

 地面に崩れ落ち、痛みに悶絶する仲間を目にして、雷の使い手は素早く魔法を放った。


 が、

「相手が悪かったね……!」

 ほとばしる稲妻は、キラにとっては単なるエネルギー供給源だった。

 とくりと心臓が跳ね、それに心地よさを覚えつつも、刀を振るう。

 とん、と杖を斬り飛ばし、返す手首で足元を一閃する。

「クソがッ……!」

 態勢を崩す兵士を首元へ向けた峰打ちで昏倒させ、キラはさっと状況を見回した。


 二人の魔法使いがやられたことで、すべての注目が向いている。戦士たちは駆け寄り、魔法使いたちが魔法の準備に入っている。

「干渉はさせない……!」

 キラは走り込んできた剣士と、わざと切り結んだ。

 鍔迫り合いになり、その刹那の瞬間に、魔法使いたちが撃ちあぐねているのを見て取る。


 だが、それも長くは続かない。目の前の剣士は、

「撃てぇ!」

 自滅覚悟なのだ。

 舌打ちをしつつ、キラは押し込んでいた力を緩めた。

 一瞬、揺らぐ姿勢。

 その隙を見逃さず、鎧の合間を刀で切り裂く。

 うめき声をあげて雪積もる地面に倒れる兵士を捨て置き、次に目を向ける。


 相手は二人。魔法使いたちも、もう躊躇していない。

 左の剣士は上からの大振り、右の剣士は左からの薙ぎ払い。さらに奥の三人の魔法使いが、それぞれの杖に炎に氷に水を浮かべている。


「——ッ」

 厄介なのは薙ぎ払い――大振りの剣筋は随分と素直――大きく一歩踏み出せばかわせる――魔法に突っ込めば追撃できない。

 見切ったキラは、横薙ぎの剣に集中した。

 両手でしかと漆柄を握りしめ、フッ、と溜めた息を短く吐き。

「は……?」

 前のめりに鋭く振りきる。

 間抜けな声と一緒に折れた剣が宙を舞い。

 もうひとりの兵士の剣が、ざっくりと地面にめり込んだ。


 そして次なる脅威が――火炎放射に、氷の礫に、水流が一挙に押し寄せる。

 水も、炎も、刀で斬れはしない。だからこそ、選択肢は最初から一つだった。


「クソッ、何だよ、こいつは――」


 飛来する無数の氷の礫へ突っ込む。

 その軌道を読んで、切り払い、あるいは身体を傾け――そして、炎と水流が途切れるのを見て、ぱっと地面へ飛び込む。


「こいつを――」


 前転したところで、別々の方向から走り込んできた剣士たちが剣を振り向けてきた。

 それらすべてを、避けて、避けて、受け流し、切り払う。


「こいつを止めろ! なんとしてでも!」


 個々の実力は大したことなかった。

 剣士の力は貧弱で、それ故に踏み込みが甘く、剣の振りも遅い。

 魔法使いにしても、エマール領を脱した後に戦った”黒影”に比べれば、敵を陥れるようなしたたかさがない。

 すべてが単調で直接的で、比較的余裕を持って対処できる。


 気にすべき問題はそこではなかった。

「止めろッ! そいつを帝都に入れるなッ!」

 けたたましく鳴り響く警笛に警鐘。帝都内が慌ただしくなるのが、見ずとも分かる。

 背後では、バザロフが号令をかけ、ゲオルグもサガノフもリヴォルもキリールも、怒声と一緒に帝国兵士たちへ仕掛けている。


 戦場にいくつもの戦いが生まれていくのを目にして、キラは逡巡した。

 混乱もあって差が縮まり始めている――しかしすでに帝都の正門が固く閉ざされている――時間がかかれば帝都から増援が押し寄せる。

 そうなれば、”五傑”が出てくる。最悪の場合、帝都に残った四人全員が。


「ゲオルグッ!」

 近くで戦い始めたゲオルグに声をかける。

 彼は細身ながらも、素早い身のこなしとナイフさばきで、帝国兵士を翻弄していた。

「ここ、みんなに任せる! 先に街を荒らしてくる!」

「ンだよっ、かっけぇな、ちくしょう!」

「怒鳴られて褒められてもね!」


 キラはにやりと緩む頬を抑えられずに、その勢いのまま身体を繰った。

 手近な兵士を何人かまとめて斬りつつ、戦場を駆ける。

 襲いかかる剣士も、降りかかる魔法も、防壁の上から飛んでくる弓矢も。避けたり刀でさばいたりするものの、全てを無視する。

 目指すは、街道と都とを隔てる、帝国の正門。


「そこ! 居たら危ないよ!」

 正門までたどり着けば、残るは防壁で待機している弓兵のみだった。

 彼らも敵だ。倒さねば殺しにかかってくるのは明白である。話せばなんとかなるという道理などないのは、わかり切っている。


 ただ、この帝都の正門にたどり着くまでの道のりで。

 彼らをあえて殺さねばならない理由は、何一つないのだとわかった。

 第一、いま帝都を目の前にしているのは、すべてリリィたちを救けるためなのだ。


「敵が何を言うかと思えば――ここは通さぬ!」

「通してくれるなんて思ってないよ。だけど、何もなしに来ると思う?」

 キラは刀を鞘に収め、地面に膝をついた。

 両の掌を、雪積もる砂利道にぺたりとつける。

 すぐにでも手を払ってしまいたいほどの冷たさを我慢して――キラは呻いた。

 身体の内側をひた走る違和感を感覚でつかみ取り、力を込める。


「ンッ……!」

 キラの呻きに答えるかのように、”雷”が暴れた。

 地中へ潜り、表層を砕きつつ、帝都の鉄門へ。

 異変に気づいた弓兵たちが急いで退避した直後――正門が、跡形もなく消え去った。

 真っ暗闇となりつつある空を照らし出すかのように、”雷”の柱が立ち上ったのだ。

 目を貫かんばかりの閃光は、戦場に響いていた音すらも奪った。

 辺りが奇妙な静寂に包まれる中、キラはヨロリと立ち上がる。


「あの人形と戦ってから三日たったけど……まだその反動が残ってる感じだ。コントロールもぶれたし……だいぶきつい」

 痛いほどに強く鼓動する心臓を抑えるように、呼吸を繰り返す。

 腰にぶら下げた”お守り”をぎゅっと握る。すると、レオナルドにためてもらった”雷”が体の中に入り込んでいくのが分かる。


「まだ余裕はあるけど……こっからは慎重に使ってこう……」

 身体が悲鳴を上げている証拠か、喉からはひゅうひゅうと細い吐息しか出ない。息を吸っても、空気が身体に入り込んでいる感覚がまったくない。

 それでも強引に深呼吸を繰り返し、キラはひらけた道に突っ込んだ。


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