850.〝魔法〟
「〝妖力〟ってのはさ。君たちの言う魔法なんだと思う」
「……へ?」
〈は……?〉
ブラック自身。こうしてレストエリアで、キラが畳で寝そべっているのを、そばで腕を組んで観察するとは夢にも思わなかった。
〝メモリーズ〟に残されていた音声記録を聞いた上で……〝始祖〟に対するレオナルドの覚悟を知った上で。
それでもなお、ブラックの感情はキラを許せていなかった。
しかしそれを理性で押さえつけて、行動を共にするよう心がけている。
「私の記憶違いじゃなきゃあ、キミたちの時代について聞いた時、キラくんは”治癒の魔法”の恩恵を受けにくい、って言ってたよね。そこに着目したんだよ」
「はあ……。なんで?」
レオナルドの存在は、ブラックの指針であり続けている。命を拾われ、生き方を教えられ、考え方も学んだのだ。
だからこそ、〝メモリーズ〟で知った〝作戦〟の全貌には放心した。
彼は、文字通りに、全てを投げ打って〝始祖〟に勝つ作戦を組んだ。そしてその命運をキラとエルトに託したのである。
二人が選ばれたことに嫉妬もした。二人ならば可能だと思ったことに悔しさも覚えた。
だがそれ以上に……自分の名がそこに入らなかったことに、どうしようもなく、情けなさを感じてしまった。
「魔法って〝魔素〟を使うことで発生する、ある種の自然現象……そう、自然現象。万物に重力の法則が適用されるように、魔法現象もまた、この星の全てに掛かるはずなんだよ。〝授かりし者〟だろうがなんだろうが、関係ない」
「んー……。そ、それが?」
レオナルドは世界で一番の頭脳を持っている。多少変人ではあるが、人柄もいい。古代人にも負けないだろう。
だからこそ、その判断は正しいのだと、ブラックは無条件に信じてしまう。
複雑な気持ちは消えず、もやもやとしたものは胸で燻り続けるが――その全てを抑えて、レオナルドに選ばれた二人の人となりを見ようと思い立ったのである。
「つまり、〝授かりし者〟でも〝魔素〟は保有している」
「お……?」
「ってことは?」
「僕の体のどこかに〝魔素〟があって……。ネメアたちは、それを見つけた?」
「そ!」
キラとエルトは、同じような驚き方をした。声にこそ出さないものの、息を呑み、微動だにせずネメアの次の言葉を待つ。
話を聞く限り、二人は全くの赤の他人。どういうわけか、一つの身体に同居するびっくり人間。
しかし側から見れば、まるで死んだ母親が溺愛する息子の体に居候しているかのよう。
ここ数日観察している限り、驚くポイントや安堵するところはほぼ同じ。
エルトの母性がなせるわざか、はたまたキラの天然っぷりがそう見せるのか。
改めて世にも不思議な光景を繁々と眺めつつ、ブラックもネメアの言葉に耳を傾けた。
「推測通り、〝魔素〟は神経に宿ってたんだよ! 見つけんのには苦労したよ? だって神経に宿ってんだからさ。血液みたいに神経細胞を採取するわけにもいかないし」
「っていうか……見つかったのは〝魔素〟だったんだ? 魔力じゃなくって?」
「そこがポイントでね。なぜ〝魔素〟を体内に取り込んだら、〝魔力〟に変換されるのか? そこには必ず合理的な理由があるはずなんだよ」
今度は二人とも、黙ってネメアの言葉を待つ。
「そもそも、どうやって〝魔素〟を見つけたかっていうと。いろんなパターンの〝波動周波数〟を当ててみて、その反応を見てみたんだよ」
ブラックもその検査には立ち会った。
何やらキラが見たこともないほどに怯えていたのが印象的で、『……笑ってる?』とありもしない濡れ衣を着せられた。
笑いそうになったのは事実だが、だからと言ってそれを表に出すほど悪い趣味はしていない。
少し残念だったのは、キラが怯えるほどに嫌いな注射は登場しなかったということ。
代わりにパンツ一丁になり、全身にこれでもかというほどに丸いシールを貼り付けられていた。今から考えると、あれほど珍妙な姿もない。
「で……。結果として、三種類の〝魔素〟が見つかったんだよ」
「三種類の……〝魔素〟? うん……? んん?」
「ふふ。混乱するよね。私もそうだった。だから、前提が間違ってたんじゃないかって考えたんだよ。つまり……〝魔素〟と〝魔力〟は本当に別物なのか、ってこと」
ブラックは、キラからネメアに視線を移した。
〝授かりし者〟であるがゆえに、とことん魔法には縁がない。そんな身の上でも気になる話なのだから、魔法使いとしても腕利だったエルトは聞き捨てならないだろう。
〈ちょ、ちょっと、待って……? じゃあ、私たちが〝魔力〟だって信じてたものは、一体何……? だって……!〉
「エルトくん自身も言ってたじゃん。魔法には〝気配〟があるって。あの時、特に言及はしてなかったけど、〝魔素〟も〝魔力〟も〝魔法〟も〝気配〟的には変わらないんでしょ? 少なくとも、言葉にして分けるような差がない」
〈確かに……。そうだけど。じゃあ、〝魔力〟って……?〉
「実地調査ができない以上、これは憶測でしかないんだけど。空気中に浮遊する自然由来の〝魔素〟と、体内に取り込んだあとの〝魔素〟とでは、反応する〝波動周波数〟が違うんだよ」
〈……! それって、もしかして〉
「エルトくんの〝ことだま〟の話を参考にしてね。〝ことだま〟が、本当に〝波動周波数〟によるコントロール方法だとしたら……。〝ことだま〟に合う形に〝魔素〟が適応する可能性が高いって思ったのさ」
〈ヒトの周波数を受けられるよう変化したのが……〝魔力〟〉
「人が発する〝波動周波数〟を〝魔力〟が受けて、活発化した〝魔力〟に触発される形で、自然由来の〝魔素〟が〝魔法現象〟と成る。言葉にしてまとめると、こういうことなんだと思う」
ブラックは魔法について詳しくないが、それでもとてつもない事実を聞かされているのはわかった。
多くの学者が何百年と心血を注いで研究していた真相が、古代人によってものの数日で解き明かされたのである。
その筋の学者でなくとも、相応にショックはあるだろう。とりわけエルトは、何やらロマンというものにひどくこだわる節がある。
レオナルドもそうだったが、謎を謎のままにしておきたい気持ちも少なからずあるようで……ネメアの言葉を咀嚼するうちに、放心状態になっていた。




