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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
第9章

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846.回収

 話している間にも〝六つ目の獣〟の〝気配〟が近くなってきた。

 〝黄昏現象〟で感じた、あの全身が水に浸かるような息苦しさが強くなっていく。

 もはや〝気配〟の濃さでは距離を測れないほど。これがぶっつけ本番だったならば、軽いパニックに陥っていた。

 引き返してやり直しができるこの状況だからこそ、〝カゼキリ〟が座標に向かって降下し始めたのがわかった。


 エルトは深呼吸をしてから、再び操縦桿に手をかける。

 ペダルをゆっくりと踏み込んで徐々にスピードを上げ――雲から出たところで、一気に加速。


〈あの時は必死で回りなんて気にならなかったけど……!〉

 エルトの集中のためにも、キラはそこで言葉を切った。

 雲の下は、まるで地獄。地上には太陽の光が一切届くことはなく、均等に薄い暗闇に覆われている。


 見渡す限り平坦な〝再生する大地〟は、その名の通り、まるで生きているかのように赤茶けている。その様子が、薄暗さも相まって、ひどく不気味に思えた。

 その大地を踏み締めるのは、〝六つ目の獣〟の前脚。


 座標があるのは右脚の近く。

 距離にして一キロはあるはずだが、なにぶん〝獣〟の脚がデカすぎて思った以上に近い。足踏みでもして少しずらせば潰されてしまうくらいの距離感である。

 ただ、幸いなことに、まだ気取られていない。この時代に来て邂逅したときもそうだったが、行動を起こす前にまず目視するはず。


〈エルト、今のうちに!〉

「わかってるよっ!」

 操縦桿をさらに深く押し倒し、同時にペダルも思いっきり踏み込む。

 そのまま地面に激突してしまうのではと思うほどのスピードを出し――〝カゼキリ〟の反抗にあった。

 静止するかのように、ぐ、と操縦桿が固くなる。


 それを瞬時に感じ取ったエルトは、スティックを引き戻した。船首がぐっと持ち上がり、水平姿勢のまま落ちていく。

 落下速度と座標距離を考慮し、スピードを調整――見事な舵きりで、目的地ぴったりに船をつけた。


「いやあ、ホント……! 元の時代に帰るんじゃなかったら、パイロットとして雇いたいくらいだよ。シールド解除しといてね、とっ」

 ネメアはそう言いつつ、身軽に甲板の中心に降り立った。

 〝マシロキューブ〟と一緒にスマホも取り出し、素早く設定を施す。親指を忙しなく動かし、一つ頷いたかと思うと、キューブを頭上に投げた。


 くるくると回転しながら頂点にまで到達し、ぽわっ、と淡い光を放つ。

 おそらくはその範囲が、回収するのに必要な空間データなのだろう。周囲を明るく照らしたのち、光はキューブの中に収まっていく。


 平常心でいれば、たった二十秒ほどの出来事。

 しかし……。〝六つ目の獣〟が雲を割って凶悪な目で見つめてきたとあっては、一時間にも二時間にも感じられた。

 〝マシロキューブ〟でのデータ回収が終了した――と同時に、〝獣〟の予備動作が終わる。嵐のように風が吹きすさび、船体が大きく揺れる。


「出して!」

 ネメアの合図がなくとも、エルトはギリギリのタイミングでスティックを動かしていた。

 あえてシールドを展開せず、荒ぶる風の動きを読む。ぐら、と船体が傾くのも利用して、進路を変更――〝六つ目の怪物〟に背を向ける。


「ネメアちゃん、どっか掴まってて!」

「私なら大丈夫――思った通りにやって!」

 そうは言われても、エルトは素早くネメアの位置を確認。

 彼女は船縁に腕をかけて、振り落とされないようにしていた。見た目は危なっかしいものの、〝波動術〟と古代人由来の腕力でびくとも揺れていない。


「じゃ――いくよっ!」

 エルトの航行術は無茶苦茶だった。

 ネメアとは違ってシールドは張らず、嵐の中を飛んでいく。

 風の動きに合わせて船体を揺らし、殴りつけるような強風にも柔軟に対応する。時にはスティックを思いっきり倒して一回転。


 もちろん、スピードを緩めることなどない。

 むしろアクセルをベタ踏みして、最高速で駆け抜ける。

 風圧で息も辛くなったところで、ようやくシールドを展開。重ねてブースト機能でさらに加速して、〝六つ目の獣〟からドンドン遠ざかっていく。


「――ぷ、はあっ。緊張したあっ」

〈おお〜、突破。楽々……ってわけじゃないけど、案外すんなり離れたね〉

 〝獣〟の手の届かない安全圏内で、エルトはようやくブーストボタンから指を離した。

 同時にアクセルペダルからも徐々に力を抜き、緩やかに平常運転に移行する。


「いやあ! なかなかスリルあって楽しかったよ!」

 終始船縁にしがみついて離れなかったネメアは、楽しそうに笑いながら近寄ってきた。

 そのタイミングで、エルトが体の主導権を渡してくる。初めての操縦ということもあって、ほぼ意識を手放した形だった。

 表面化したキラは慌てて体を支えて、ネメアに操縦を譲る。


「すごいね、〝カゼキリ〟。こんなに速い乗り物初めてだよ」

「そーでしょそーでしょ」

 ネメアは自慢げに頷きつつ、操縦桿を簡易モードから通常モードに切り替えた。がこん、と見慣れた舵輪がせりあがり、慣れたように操作する。


「けどキラくんも、あれくらいのスピードで走ってたからね? この子の最高速度が時速二千ちょっとだから……うん、ヨユーで音速超えてる」

「まあ……。ネメアも〝覇術〟覚えたんだし、あれくらいできるよ」

「や〜、そこなんだよ。それはそれで楽しみなんだけどさあ。キラくんのいう〝未来視〟! ぜんっぜん出来る気配なんだけどっ?」

「ええ? ……〝気配面〟でいけない?」

「無理! ってか〝気配面〟自体激ムズ! 〝波動術〟の経験もなっかなか活かせないしさあ。どうなってんの?」

「どう……? そういえば〝気配面〟に関しては、〝覇術〟意識した段階でできてた気がするからなあ。改めてコツを聞かれると、わかんないや」


「む〜! もっと詳しく!」

「ええ? んー……。〝マスター化〟したから今ではそうでもないんだけど、呼吸法をひたすら意識してたかなあ」

「呼吸法を? それだけ?」

「って言っても、簡単ではないよ。いつ、どんな場面だろうと、絶対に呼吸を乱さない。〝気配面〟を使う時は、必ず」

「ふうん……。なまじ〝波動術〟が使えるから、なあなあにして誤魔化してたとこがあったのかなあ。帰ったら組み手、お願いね」

「うん。……ついでにブラックも誘おうかな。〝気配面〟、かなり苦手みたいだし」

「おっけい。あ、でもその前に医務室ね。PTSD関連で詳しく検査してみたいって、イロンが。予防策を一緒に考えたいんだってさ」

「それはありがたいけど……。検査ぁ……?」

「ふふ! 病院嫌いの猫みたい! 精神疾患の治療なんだし大丈夫だよ……多分」

「……」

 じとっと睨んだことのどこがおかしかったのか。ネメアは舵輪片手に、楽しそうに笑っていた。

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