844.根本
「オリジナルのエネルギーは残ってないと思う」
「え」
「だから修繕作業なんだよ。空間データを丸ごとコピーして、〝波動〟の流れから〝神力〟のエネルギーの形を推測して、再現するのさ」
「……? それ……自分たちで〝神力〟作ってるようなもんじゃ……?」
「まあ、捉えようによってはそうだね。再現するだけだし、そう難しいことじゃないよ。〝侵蝕の性質〟の増産体制も整ったし。時間はどうしてもかかるケド」
古代人はすでに、オリジナルの〝神力〟がなくとも、自分たちの手で生み出せる段階にまで踏み出している。
使い方が極めて限られたものだったとしても、例えば〝炎の神力〟も造ることができるのだろう。
だとしたら……。
〝神殿〟で目撃した〝ホロビノイカズチ〟。
帝都で姿を現した〝十六号〟の〝緑の炎〟。
正体不明だったそれらが、事実という形で現実味を帯びていく。背筋の寒くなるような話だが、それを知ることができたのは幸運と言えた。
「空間をコピー……データ化……ってのは、スマホとかでってこと?」
「ふふ、そこまでスマホは万能じゃないよ。なにせ、一ミクロンのズレも許されないからね。専用の機械……〝マシロキューブ〟を使うんだよ」
「ふん……? 使い方は? 僕がやるんでしょ?」
「いや?」
「うん?」
「〝波動術〟が関わってくるからね。私の役目だよ」
「おー……? じゃあ、僕らは……役立たず?」
「いやいや。そんな勿体無いことはしないさ。――ところで、さ」
〝カゼキリ〟の小さな船体のどこからか、がこん、と何かを切り替えたような音がする。続けて、機械的な音声で『自動操縦に切り替えます』とアナウンスが続く。
振り向けば、ネメアが舵輪から手を離し、席から外れていた。
〝カゼキリ〟は安定した速度と船体姿勢で雲の上を滑っていくが、キラもエルトもびっくりした。
〈ちょ、ちょっ? 何してんのっ?〉
「大丈夫だって。このコは賢いから、本来私が操縦なんてしなくってもいいんだよ。人の手が必要なのは緊急離脱の時だけ。それだって基本的に〝カゼキリ〟ちゃんが制御してくれるんだよ。――ってことは?」
〈え? ……え? まさか……?〉
「そう! 簡易モードでキミたちも操縦可能ってコト!」
キラが驚いている間にも、ネメアが手を取って引っ張る。
そうして立たされたのは、舵輪の前。見覚えのある輪型の把手に、その左右に押し引きするらしいレバーがいくつか。
「な、何一つとしてわかんないんだけど……。左右に回したら船が動くのはわかるくらい……」
「へーきへーき。言ったでしょ、簡易モードで操舵可能って」
ネメアはそういって、舵輪の中央にある凹みに人差し指を押し当てた。
ビーッ、とどこか警告するような音が響くと、ガコン、と床の一部が開いた。舵輪と左右のレバーが、一緒になって床の下へ消えていく。
呆気に取られていると、ネメアの言う簡易モードとやらが、腰の高い椅子と共に姿を現した。
「今は資源の制限だとかメンテのしやすさだとかを考慮して、原始的な『空飛ぶ木造船』になっちゃってるけど。地上がまだ平和だった時代は、いろんな空の飛び方があったんだってさ。飛行機とかヘリコプターとか戦闘機とか。で、その操作方法もいろいろあるわけよ」
「その一つが……。これ?」
「そう! スティック式の操縦桿。と、足元にはペダルね。この二つがあれば、三軸制御とスピード調整を完璧にこなせるんだよ。その他諸々のちょっとばかし訓練が必要な計器類は、全部〝カゼキリ〟ちゃんが処理してくれてるから。とりあず、腰掛けなよ」
「はあ……」
言われるがままに操縦席に座る。膝の間から伸びた操縦桿をそっと握り、足元を見つつペダルにも爪先を乗せてみる。
すると案の定、エルトが興味を示した。興奮のあまり、体の主導権を乗っ取ってくる。
「で? で? どーやって動かすのっ?」
「三軸ってわかる? X、Y、Z……ロール、ピッチ、ヨーの三つの姿勢制御で、船が動くんだよ。ちょこっとずつ試してみたら感覚的にわかるかも。――ちょこっとだよ、ほんの一ミリくらい」
「よおし……! わっ、揺れた!」
スティックを横に倒すと、その通りに船体が傾き。前後に押し引きすることで、上昇したり下降したり。軽く捻ると、方向転換するように船首が右へ左へ揺れる。
「ペダルの右が加速、左が減速。シールド展開がスティックのてっぺんのボタン。で、人差し指で押せる位置にあるのがブースト。ちなみに、スティックもペダルも操作しなかったら自動操縦に切り替わるからね」
そうやっていろいろと試していくうちに、エルトは操作感覚を覚えたらしい。
軽くその場を回ってみると、ネメアも舌も巻くほどの操舵技術を身につけていた。
「簡易モードだからって……ええ……? 生まれる時代、間違ってんじゃない……?」
〈いや……。エルトは毎回こんなだよ。だって、無意識に〝覇術〟使って僕に話しかけてきたんだから。リョーマに出会う前に我流で技も編み始めてたし〉
「ん〜……。前々から思ってたけど、やっぱり私たちもキミたちも根本的には変わりないのかも」
〈……? どういうこと?〉
「キラくんもブラックくんも、適応能力が高いでしょ。〝雲酔い〟のときは特にそう感じたけど、地味に気圧関係もなんにも言わなくなったし。で、極めつけは〝覇術〟の体得スピード。私たちの倍は早いよ」
〈そう……? 昨日ぶっ続けで特訓して、ようやくワンセット〝マスター化〟が終わったくらいなのに?〉
「そこだよ。もしも私が〝波動術〟を知らずに〝覇術〟を使うってなったら、ワンセットどころか、一つの〝面〟で終わっちゃうよ。オロスのおっちゃんとか、リーダーとか、いろんな人に聞いてみなよ。絶対一日じゃ無理っていうはず」
〈ん〜……実感ないけどなあ〉
「それに、キラくんに至っては、剣の腕でオロスのおっちゃんと対等に渡り合った。オロスのおっちゃん、二千年は修行漬けなんだよ。二千年だよ? わかる? その二千年を、たかだか三十分負け続けただけでひっくり返しちゃったんだよ?」
〈じゃあ……。どういうこと?〉
「現状の私たちとキミたちが、生物的に完璧な上下関係にあるのは間違いない。だけどそれは、キミたちの努力次第でどうにでもなる。私たちが人類としての上限にいるとして、キミたちもこの場所に来れる……って思うんだよ」
〈ああ……。だから、根本的に同じ人種だ、ってことか〉
「うん。これはキミたちが〝始祖〟と対峙する中で……いや、それ以上の危機が迫ってきたとしても、乗り切っていく重要なピースになりうる。忘れないでね」
〈それ以上……って?〉
「……。きっと、この世界は――一度――いや何度も――」
ネメアが何を伝えたかったのか。彼女が珍しく言い淀むのも、〝カゼキリ〟が轟々と風を切っていくのとで、結局分からずじまいになった。
聞き返したところで、ネメアは教えてはくれず……。
「ところでさあ。船酔い、どう? 薬効いてる?」
わかりやすいくらいに話をそらされた。




