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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
第1章

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86.バザロフ

   〇   〇   〇


 キラ達”四角地区”班がようやく追いついたその少し前。

 陽が水平線の向こう側へ落ちていく中、帝都の門を目前にして、バザロフたちは帝国兵士たちと対峙していた。

 三台の馬車が一様に横倒しになり、その陰に隠れて帝国兵たちの魔法から逃れる。


「親方ぁ! これ、こっち不利ですぜ! 退却した方が!」

「あほんだらァ! 今更退くやつがあるか!」


 きっかけも何もなかった。

 想定した時間通りに帝都の防壁を目にしたと思ったら、警告するかのような鐘の音が鳴り響き。思ってもみないけたたましい音に皆が馬車から顔を出しているうちに、帝都の門が開き。黒染めの鎧を着た帝国兵士たちがあふれ出て、防壁を背に隊形を組み始めたのだ。


 そこからはあっという間だった。

 隊列の一番後ろに控えている魔法使いたちが、詠唱を終えるや否や、一斉にそれぞれの魔法を打ち始めたのだ。

 馬が倒れ、あるいは逃げて、車体が横倒しになり……。

 振りかかる魔法群から逃れるべく、車の陰に退避しているというありさまだった。


「バザロフさん! これ、おかしくないですかっ」

 バザロフは荒い呼吸を必死で整えつつ、ちらりと敵方を覗いた。

 すると、間もなく雷の魔法が飛来する。不規則に蛇行する攻撃は、荷車にあたる寸前で地面を砕いた。

 ぱらぱらと頬をたたきつける土礫に目を細め、舌打ちをしてリヴォルに怒鳴り返した。


「ああっ? なんだってッ?」

「だって! 警告もなんもなしに攻撃だなんて! そんなのまるで――」

「うだうだ言ってねェで詠唱を始めろ!」

 リヴォルは美しく整った顔つきを苦渋にゆがめ、ぶつぶつとつぶやき始めた。

「テメェの言いたいことはわかる――だったら、こンなもん屁でもねェってこと見せつけてやるだけだ! そうだろ、野郎どもァ!」


 不安に押しつぶされそうになって陰に隠れていた海賊たちは、野獣のような怒鳴り声に感化された。

 みな、それぞれに拳を掲げて、怒号を上げる。

「よォし! 魔法を使えるやつァ、リヴォルのを合図にしろォ!」

 バザロフの野太い命令に、何人かが従った。倒れた馬車から少し離れた場所に移動して、各々杖に祈るようにして、ぶつぶつと乾いた唇で詠唱を紡ぐ。


「弓使えるやつァ、もう少し待て! 今のうちに狙いを定めておけよ!」

 横倒しになり、そのそばでぶちまけられた積み荷を、何人もの荒くれ者たちがせっせとあさる。

 自らの弓を手にして、ばらけた矢をかき集めて、魔法使いたちの盾になるかのように列を汲む。そうしてそれぞれ弦を引っ張り、矢じりを向けて狙いを定める。


「近接バカどもは、オレの合図に続け!」

 帝国軍も、魔法使いたちだけで片を付けられると思うような甘い考えは持っていなかった。剣を携えた剣士たちが、今に距離を縮めて包囲しようと迫りくる。


 そうして、一人の剣士が馬車の陰へ飛び込もうとしたとき、

「よし――」

 帝国兵の魔法が、ほんのわずかに途切れ、

「行くぞァッ!」

 バザロフの巨体が飛び出した。

 帝国の魔法使いの放った炎がすぐ足元に着地するのも構わず、そのまま思いっきり斧を振り回す。

 帝国兵士はとっさに盾を構え――しかしバザロフは構わず、その圧倒的なパワーで吹っ飛ばした。


「弓使い、魔法使いを狙えェ!」

 バザロフたち戦士が帝国兵士たちと刃を交える中、その頭上をいくつもの矢が駆け抜ける。

 ヒュン、ヒュン、と冷たい空気を裂いて防壁近くの兵士たちへと迫り、

「第二詠唱隊、放てェ!」

 しかし、あらかじめ詠唱を終えていた魔法使いが放った炎によって、瞬く間に焼き払われた。

 守られた魔法使いたちも、それが当然とでもいうかのように、慌ても騒ぎもせずに詠唱を続けていた。


「チッ――リヴォル、狙いは魔法使いだ!」

 ためらいのような一瞬の間ののち、次々と魔法が馬車を飛び越えていった。

 しかし、それらもまた魔法で相殺され――いくつにも重なる衝突の合間を、海賊たちが放った矢が抜けていく。

 そして、今にも魔法を放とうとしていた兵士の邪魔をし、ためていた魔力を無効化した。


「ハッハァ! 野郎ども、ここから押し切るぞァ!」

 バザロフは腹の底から吠え、駆け寄ってくる剣士に対して、ニッと唇を釣り上げて見せた。

 オーガのような大柄な体すべてを使って斧を振り上げ、思い切りよく打ち下ろす。

 兵士は剣で受け止めようとし――バザロフは、重さと力で打ち破った。爆発にも似た金属音を響かせたのち、そのまま胸を切り裂いて地面に突き刺さる。


 ばたりと倒れる兵士の隣を、また別の剣士が特攻してきた。

「よくも!」

「ヌゥァ……ッ!」

 バザロフは素早く斧を地面から引き抜き、すんでのところで柄で攻撃を防ぐ。

 が、あいにく、次の一手を剣士に取られた。柄に刃を当てたまま滑らせ、そのまま刺突。

 容赦なく、バザロフの脇腹にめり込む。

「ぐ、ぅ――オオァ!」

 呻きながらも、バザロフは手を伸ばし、敵の頭をひっつかんだ。兜を歪めつつ、地面へ向けて投げつける。


 頭を打ち付け昏倒する剣士を乗り越えて、また別の帝国兵がうなり声をあげて接近してくる。

「来てみろァ!」

 息せき切りながら、バザロフは吠えた。

 斧を肩に担いで構え――しかし、痛みに耐えきれなかった体では踏ん張りがきかなかった。

 雑な狙いに中途半端な軌道では、剣士をとらえきれず。

 見事に空振り斧が地面にめり込み。

 鋭い刃が襲い掛かった。


 そこへ、

「親方、いったん後ろへ!」

「ザハール……!」

 荒くれの一人が立ちはだかり、剣を剣で防いだ。

 拮抗したつばぜり合いののち、ザハールがわずかに力で勝る。腕を振り切り、敵の姿勢を崩して大きく前進。


 だが、帝国剣士の反応も早かった。

 倒れそうな体勢を持ち直すやいなや、剣を掲げて受け身に入る。

 金属音が長く響き、そのいびつな音の合間にうめき声が入り混じる。そうして、再び剣の打ち合う音が轟き――ザハールがどさりと倒れた。

 つばぜり合いの駆け引きに敗れ、腹を裂かれたのだ。


「貴様ァ!」

 バザロフは地響きのような雄たけびを上げて、斧を振りかぶった。

 大きな一歩で大地を踏みしめ、なりふり構わず横なぎに腕を振る。

 うなる一撃は、しかし、後退する身軽な動きを捉えられなかった。

 手ごたえのない忌々しさに、砕けるほどに奥歯を噛みしめる。それでも正気を保っていられたのは、ザハールがわずかながらに息をしていたからだった。


 バザロフは大きな手で仲間の身体を担ぎ上げ、斧を振り払ってけん制しつつ、馬車のそばまで後退する。

「ああっ、バザロフさん、ザハール! 今治療を……!」

「オレァいい。こいつが先だ……!」

 リヴォルの一瞬の戸惑いを、バザロフも理解していた。

 ”治癒の魔法”を使える人間がいないのだ。散らばった荷物の中には傷薬も包帯も大量にある……だが、ザハールの受けた傷は、それくらいではどうにもならないほどに深かった。


 青ざめていく仲間の顔色を、バザロフは瞬きもせずに見つめていた。

「お、おれのことは、いい……。おやかたを……」

「けど、ザハール、それじゃ……!」

「おれだけじゃない……もうみんな限界なんだ。だから……だから……」

 ついに唇の動かなくなる瞬間を、バザロフは瞼を閉じてみないようにした。

 喉の奥をついて出るうめき声をぐっとのみこみ、低くうなる怒号へと変える。


「リヴォル、合図を出せ! ”赤”だ!」

「……ッ!」

「言いたいことは分かる。あとで何とでもけなせばいい――だがここで退くことはできやしねェ! それに……」

 顔を上げたバザロフは、混沌と化していく戦場を見つめた。

「まだこっちにゃ希望がある。最初からあきらめてんじゃねェよ」


   〇   〇   〇


 車内がごちゃまぜになる中、キラはなんとか刀を剣帯へ納め、窓にしがみついた。

 それまでは緩やかに走っていたのが、緊急事態に際してピシャリと響く鞭の音により、一気に加速する。


「サガノフ! 何が起こってるか、見えるっ?」

「戦いが始まってるっぽい! 多分、全員足止めされてる! なあ――これ、加勢したほうが良いのかッ」

 サガノフの戸惑いには、ゲオルグが怒鳴って応えた。

「ったりめぇだろ! 親方は――みんなも、こんなとこで終わっていい奴らじゃねぇ!」


 天井を突き破りそうなほどの声を聞き、キラは逡巡した。

 このままでは、作戦を決行するどころではない。下手をすれば、帝都に足を踏み入ることも敵わず、全滅させられる。

 何があっていきなり戦いが始まったのかはわからないが――街の外での戦いを強いられた以上、帝国軍に分がある。


 だが……。

「いや、このまま帝都に突っ込んで!」

「はあっ? 何いってんだ、テメェ! よそ者だからって――」

「よそ者だけど、無関係じゃない! 王都を助けるために、僕はここにいる!」

「ならどういうつもりで……!」

「緊急合図を――海路組に、わざわざ攻撃しろって合図を出した! バザロフは僕たちが遅れてることがわかってる! ってことは……!」


 叫んで息が切れ切れなところを、サガノフが繋いでくれた。

「オレたちが帝都に切り込む隙を作ってくれた――ってことか!」

「そう! 結局は皇帝を抑えれば良いから!」

 するとゲオルグが、苦しそうなうめき声を上げた。

「けどっ。そしたら親方が――みんなが!」


 そこで、緊張の糸がピンと張るような音が聞こえた気がした。

 砲撃だ。

 海路組が”崖崩し”を始めたのだ。

 もう、誰もが後戻りできない場所にいるのだという合図にも聞こえた。


「みんな助けて一緒に乗り込んだほうがいいんじゃねぇかッ?」

「そうしてる内に、海路組もやられる! 大丈夫――僕が道を拓くから!」

「――ああっ、クソがッ! カッコよすぎんだろ!」

 ゲオルグの妙な罵倒に、キラもサガノフも笑いをこらえきれなかった。


「やれそうな感じになってきた! で、どうすんの!」

「この馬車、要るっ?」

「なるほど――馬は二頭! どう乗んのッ」

「サガノフとゲオルグで一組!」

「っしゃ! ゲオ、俺のナタも持ってこいよ!」

 緊張からか不安からか、まさしく”海賊”なサガノフが叫ぶ。


 ゲオルグも気合を入れて応えた。細い体ながらもドアを蹴破り、冷たい風を切って激走する中を、サガノフの手を借りて馬の背中にまで食らいつく。

 キラも、同じようにサガノフに支えられ、御者席からもう一頭の馬の背中へ飛び移る。


 すると事態の異変を敏感に察知したのか、二頭の馬は首を振って暴れだした。一方向へ向いては知っていたのが、互いに別の方へ向かい出す。

「サガノフ、来いッ!」

 車体が横向きに傾き――サガノフがゲオルグの背後に飛び乗り――馬たちが体勢を崩しかける。

 横倒しになる車に巻き込まれる寸前で、キラは抜刀とともにその繋がりをまとめて断った。ぎりぎりのところで、切り離された車体が中身をぶちまけながら派手に転がる。


「っぶねぇ!」

「ひやひやするねぇ……!」

 キラは二人共無事なことにホッとしながら、前方に注意を払った。

 すでに辺りは暗い。そんな中、一秒ごとに激しさを増す戦闘音が、風にのって耳に届く。

 胸を焦がすあせりと、混乱で荒ぶる馬とをなんとか操りながら、声を張り上げた。


「帝都の門を破ったら! そのまま二人は身を隠して!」

「テメェはどうすんだよ!」

「真正面から”四角地区”に向かう! 街の正門からまっすぐに行けばいい――そうだよねっ?」

 サガノフが、息をつまらせながらも叫んで答える。

「そう、だけど! いくらなんでも無茶すぎる!」

「って思うなら! 早く決着をつけてほしい!」

「――わかった!」


 二言目もなく、頷くサガノフ。

 しかし、どうやらゲオルグのほうが引っかかってるらしかった。轟々と唸る風の中、全てを吹き飛ばすかのような怒号を上げる。

「テメェ、この野郎! あとで――あとで覚えとけよッ!」

「――何をっ」

「なんでもねぇよ!」

「はっ?」

 そっぽを向くゲオルグに首を傾げていると、サガノフがこらえきれずに笑い出す。


「ぷふっ。素直じゃないなあ!」

「うっせぇ! 気張れよ――もうすぐそこだッ」


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