841.マスター
何はともあれ、ワンセット目。
〝未来視〟を〝マスター化〟済みということもあって、気配面はパス。その代わりに防御面と攻撃面を重点的に反復練習することに。
まずは両腕に集中した〝躯強化〟。その次に〝筋肉強化〟。
練習相手は、最初はホログラム。エルトと交代しながら、ただひたすらに〝防御面〟を脳みそに刷り込む。
ただしこれがなかなかの苦行ではあった。
いつもは気配面を通して、防御面を使っていた。しかし〝マスター化〟にあたっては、もちろんこの使い方は封印しなければならない。
しかし、気配面を通さなければ、防御面のかけらも感じ取れなくなり……ほぼゼロからのスタート。
今まで培った感覚をなんとか手繰り寄せ、二時間余りボコボコに殴られて、ようやく六割ほどの確率で発動できるようになった。
ただ、意外なことに、そこから滞りなく〝マスター化〟にまで到達した。やはり生命の危険に対して、人間はどこまでも柔軟に適応できるらしい。
そういう意味では〝筋肉強化〟は難敵だった。
やはりというか、攻撃面は防御面以上に相性が悪いらしい。
エルト考案の〝猫足〟の〝マスター化〟を試みるも、気配面を通さねばロクに発動もできず、オロスのストップが入ったくらいである。
そんなところへ助言をくれたのが、意外や意外、ブラックだった。
「〝呼吸〟も〝ことだま〟も、しっかりと意識をしろ。動きを加えるのはその後……。単に闇雲に頑張ればいいと言うわけではない」
随分とまともなアドバイスであり、そのおかげでようやく初めの一歩を踏み出すことができたのである。
「……どういう風の吹き回しか、聞いても?」
気がつけば五時間もぶっ通しの修行。息も上がり、頭が真っ白になってきたところで、休憩を取る。
その一方で、ブラックは特訓を続行。ホログラムを相手に気配面を習得しているところだった。
「――それは俺が聞きたい」
言いながら、ブラックは「ち」と舌打ちをする。
見事にホログラムを切り捨てたものの、どうやら望んだ通りに気配面が発動しなかったらしい。
「戦っている最中もそうだった。なぜ、俺に殺意を向けない」
「あー……。バレてた?」
アリーナエリアに響くのは、ブラックとホログラムが床を踏み締める音のみ。
オロスは夕食のため一旦離席。永遠の命を有する古代人と言っても、愛する妻の手料理は外したくないらしい。
ネメアも〝ママ・ポッド〟の様子を確認しに行って、今はいない。
ブラックと二人だけなのを確認して、キラは言った。
「けどまあ、別におかしいことでもないでしょ。ランディさんは戦争中に死んだんだから。帝都の郊外ではああ言ったし、本音ではあったけど……あの時点でその話は終わったんだよ。恨みも、憎しみも、そのあと全部消化した。ちょっと辛いのが残っただけ」
「……ならば、なぜ〝パレイドリアの村〟で怒りを見せた」
「〝殺し合いの定め〟に引っ張られたってのが一つ。で、もう一つが……レオナルドの作戦」
「……なに?」
初めてブラックの語尾が上がるのを聞いた気がした。そんなことをぼんやりと思いながら、キラはスクイズボトルをぎゅっと握る。
爽やかなスポーツ飲料で喉を潤し、ぼうっとする頭をなんとか働かせながら話す。
「最初に会った時からそうだったけど……。ずっとブラックのことを気にかけてたんだよ。まあ、止めるか殺すかって言う、なかなか過激な心配の仕方ではあったけど」
「……殺す?」
「僕も最初は意味わかんなかったけど……今ははっきりとわかる。君が利用されるのを一番に恐れたんだよ」
「俺が? ……誰に?」
「今日は疑問系が多いね。帝都にいたなら知ってんじゃない? 〝教団〟っての」
「……ペトログラードが手を焼いていた組織か」
「そ。その組織のボス……〝始祖〟ってやつに、レオナルドは狙われたんだよ。僕もね」
「貴様はどうでもいい。で?」
「冷たいや……。〝始祖〟の狙いは〝神力〟なんだよ。どうにも〝授かりし者〟から奪う手段を持ってるみたいで……その上、他者に与える術もある。それ聞いたら、少しはレオナルドの意図も汲めるでしょ」
「……ふん。随分な曲者だ」
「レオナルドは、ずっと〝始祖〟に反撃する機会を伺ってた。だけど、生半可な作戦じゃあ効き目はない。〝教団〟が隠れ蓑だったように、〝始祖〟は絶対に表舞台に現れない。頑張って引き摺り出したところで、その肝心の〝始祖〟も化け物クラス。だから……」
「――レオを殺したのか」
ブラックの剣呑な瞳に対して、十分な説明をもって答えたかったが……気配面がアリーナエリアに入ってくる人物の気配をとらえた。
「これ、貸してあげる。レオナルドとの作戦内容とか、あの日あったこととか、全部記録されてる」
キラは〝ムゲン・ポーチ〟から、手のひらにすっぽり収まるような円筒型の〝メモリーズ〟を取り出した。それをブラックに放る。
「使い方は……オロスさんにでも聞いてよ。その内容は一人で聞くこと。それで後で返して欲しい」
「……そのつもりはないと言ったら?」
「別に奪い返しやしないよ。君は律儀な人間みたいだからさ」
つまらなさそうにブラックは鼻を鳴らし……そこでドタドタと駆けつけたネメアの声が轟いた。
「ちょ、ちょ、ちょっとッッッ!」




