836.VSオロス
どうやら古代人たちがアリーナエリアを活用することは、ほとんどないという。
それもそのはずで、彼らの敵は〝六つ目の獣〟。
空をも飲み込む大きさゆえに、〝波動術〟を使ったとしても接近戦は何ら役に立たない。
そこに時間を費やすよりも、より強力な兵器を開発するべき……というのが古代人の総意だった。
とはいえ、〝神〟の領域に達する古代人も、所詮は人間。
考え方の違いで仲違いすることもあれば、感情の昂りで殴り合いの喧嘩だってある。
誰もが〝波動術〟を使えるため、武器はなくとも間違って……という可能性すらあるのだ。
警備兵がいるのは、喧嘩による無益な死を阻止するため。
かつては八十億いた古代人も、今は十万人ほど。その事実が、どれほど重いか……。
そういう事情もあって、アリーナエリアを使うのは古代人の中でも飛び抜けて強い猛者ばかり。
そのうちの一人が、桟橋で喧嘩の仲裁に入った警備兵オロスであり――、
「ハァ……ハァ……!」
この三十分で、キラが三十回負けた相手でもあった。
「も、もう一回……!」
「むう……! 其の強い心、羨ましい限り!」
「い、嫌味じゃん、もう……」
ルールは至ってシンプル。
相手を殺さないことと、素直にギブアップすること。
リリィやセドリックを相手に課した〝一分間〟という制限はない。
なのに、三十分で三十回の敗北……一分と持たずに、全敗しているのである。
理由は、分かりきっていた。
「くっ――!」
「もはや悪癖――又〝気配面〟から入っている。だから遅れる!」
〝覇術〟の練度が全く足りていない。
〝気配面〟はともかく、何とか使えていた〝防御面〟がほぼ役に立たない。〝攻撃面〟は言わずもがな。
「なら……!」
乱れた〝呼吸〟を整えつつ、〝未来視〟を発動する。
が、これも――。
「その手は既に見切った!」
タイミングをずらされる。
フェイントを挟まれ、あるいは、想像以上のスピードで仕掛けられる。
だけでなく、視えていたはずの〝未来〟が、視界ごと歪む。
間違いなく〝波動術〟。だが何をしたのかわからない――〝未来視〟を使う理論は肌に染みているものの、なぜそうなるかという原理が理解できていないのだ。
まるでノイズを目視しているかのよう。
〝未来視〟はもう使い物にならない。
〝未来読み〟も同じく、〝波動術〟に阻害されている。
残るは。
「エルト、準備!」
〈オッケイ!〉
〝センゴの刀〟と、エルトとの連携のみ。
三十回敗北しているとはいえ、三十分もオロスの相手をしているのだ。その動き方の癖くらいは掴んでいる。
彼が得意とするのはカウンター。
受け身に回り、タイミングを見て攻めに転じ、痛打を放つ。
厄介なのは、読みの精度と反応速度。古代人の脳みそがそれを可能にしている。
ただ、〝波動術〟では〝未来視〟は使えないらしい。これまでの動き方からして、それはほぼ確実。
動きは読まれても、未来は読めない――それを、アドバンテージとする。
「――」
一手、仕掛ける。
大きく踏み込み、素早く前移動――からの、斬りかかり。
その間にも、オロスの動きに集中する。
目と手と剣の切先の動きとが、〝センゴの刀〟の軌跡を読み切ったことを示す。
完全に、見切られている。
ただ、避けるそぶりはない。
どころか、二ミリほど前のめりになっている。
刀を弾くか、あるいは、衝撃を吸収するつもりか。どちらにせよカウンター剣術により、一気に畳み掛けようとしている。
刃が交わることを望んでいる――のであれば、思った通りの手応えは感じさせない。
キラは、オロスの剣に到達する前に、刀を握る力を弱めた。とん、と軽くぶつかる程度にまで剣速を緩める。
たったそれだけでは、変わるものは少ない。
だが、オロスに無駄な思考を押し付けることはできる。
「ム……!」
コンマ一秒できた隙。
そこを、こじ開ける。
「――」
オロスの〝波動術〟は万能である。
攻撃面も防御面も気配面も、どれひとつとして劣るものがない。
しかもその使い所も的確。
今のこの状況で畳み掛けたところで、防御面で弾かれるか、攻撃面で返り討ちにされる。
だから――あえて、素早く納刀。
押さずに、引く。
そうするとオロスは、さらなる思考を余儀なくされる。
なぜ仕掛けないのか。なぜ引いたのか。何を待っているのか。
待つのに焦れて攻撃側に回れば、その思考と行動にさらに時間がかかる。古代人の脳みそならば一秒で未来を見据えたかのような戦法を組むだろう。
その一秒を、どれほど待ち焦がれたか。
「……」
一秒、きっかり。オロスが動く。
狙いは、そこ。
オロスの体幹は、〝波動術〟を抜きにして考えても凄まじい。それが古代人特有のものかどうかはともかくとして、並大抵の攻撃では崩すことはできない。
防御体勢に入っていたのならば、なおのこと。だからこそのカウンター中心の戦術をとっているのだろう。
ゆえに狙い目は、オロスが攻勢に転じたその瞬間。
剣の構え方、上半身の動き方、足の動かし方。俯瞰してその全てを捉えつつ、一つ一つの動きに集中する。
疲れもあって脳みそがはち切れそうだったが――見切った。
「――ふ」
抜刀。
オロスが前傾姿勢になりつつ、剣を構える。腰元までグッと引いて、凶刃を放つ――その直前を狙う。
神速の勢いで、剣の柄を弾いた。
さすがの古代人でも、痛みも走らない意図しない場所への攻撃には対処はできない。
僅かに、バランスが崩れる。
そこを。
「エルトッ!」




