834.無限大
〈あ〜……? 〝性質〟自体が……なんて?〉
「〝神力〟を〝神力〟として一括りにまとめるにあたって……少なくとも、〝亜空〟と〝雷〟と〝氷〟には、共通するエネルギーっていうのがなかったんだ。どんな人間も血が流れてるし、どんな植物も水が流れてる……そういう共通する活動エネルギーが、〝神力〟にはなかったんだよ」
〈けど〝神力〟には共通して〝気配〟が……〉
「そう。そこ。〝神力〟の放つ〝気配〟……〝波動〟には、非常に酷似した周波数が検知されてるんだよ」
〈んー……。つまり……つまり?〉
「ふふ。つまりね。〝神力〟を〝神力〟たらしめるのは、その周波数ってこと。例の〝性質〟が〝波動〟を介して、特定の原子を取り込んで……〝神力〟へと昇華させる。〝亜空〟は気体に関するもの、〝氷〟は冷気に関するもの……みたいにね」
〈〝雷〟は?〉
「これはちょっと特殊でね。割と何でも自分のものにしちゃうんだよ。なにせ〝雷〟……電気ってのは原子について回る現象だからさ。極端な話、そこら辺の砂を握っても〝神力〟としてエネルギーを吸収できるわけ。得られる量は微々たるもんだけど」
〈へえ〜……〉
ちょっとよくわからない。というのが大まかな感想ではあったが、ネメアの言わんとすることは何となく理解できた。
つまるところ、セレナの仮説は当たっていたということだ。
曇り空から〝雷〟のエネルギーを取り込むという考え方は、ネメアの明かした理論と合致する。
砂でも大丈夫ならば、雷を落とせる雲などは当たり前にエネルギーを補給できる……それこそ、暴走するほど過剰に。
「で。自分のとこに引っ張り込むだけじゃなくって、他の領域に切り込んでいくことも可能なわけね。言葉にすれば……侵蝕」
〈それが……制限がないだの限界がないだのって話?〉
「そう。原子レベルで干渉して、吸収あるいは侵蝕する……だから〝神力〟ってのは、極論、自分のエネルギーを一切持たなくても平気なんだよ。よそからぶんどりゃあいいんだからさ。だからこそ、持ってないのに持ってる、っていう哲学的な考えだってできるんだ」
〈あー……。〝雷の神力〟でいうと……。僕自身が〝雷〟を放つこともできるけど、雷雲に干渉して意図的な落雷も発生させられる……。ってこと?〉
「そういうこと。制限も限界もなく、なにものにも阻まれることのない……人類が夢見た究極のエネルギー。だからこそ扱いを間違っちゃならないんだよねえ」
エルトはひとしきり〝ムゲン・ポーチ〟を楽しんだのか、満足して体の支配権を渡してきた。
猫のように気まぐれで唐突な行動にイラッとしつつ、キラは何とか転ばないように歩き続ける。
「けどさ。この〝ムゲン・ポーチ〟みたいに、便利なものは欲しいよね」
「それはそう。〝亜空〟ってやつはそりゃあもう非常識な力でさ。空間に空間を重ねるんだよ。一定の範囲内に気体以外がなければ、〝波動〟の流れを断ち切ることで無理やり別の空間を作り出すんだよ。意味わかんないでしょ」
「……わかんない」
「さっきも言った通り、〝ムゲン・ポーチ〟を実現したいから〝亜空〟の研究が始まってね。そりゃあ、〝六つ目の獣〟のことも放っておけなかったけど……それはそれとして、夢を現実にできるかもしれない興奮に突き動かされたんだよ。誰にも止められない、誰をも巻き込むその〝熱〟が……私たちを、正常に導くのさ」
「〝熱〟……」
「現実問題として、悪事は抑えられないし、間違った方向に舵を切るかもしれないケド。みんなに〝熱〟が行き渡っていたなら、そう気にすることはない……と思う」
「ずいぶん弱気じゃん?」
「そりゃそうだよ。人の心読めるわけでもなし。だからこそ、不確定で、未定で、不定形で……面白いんだよ。悪い状況下で花開くこともたくさんあるだろうしさ」
賢く、強く、命に限りのない古代人。
そんな彼らでも、未来に関してだけは同等に不安を抱くのだと知って……キラは、少しだけ〝始祖〟ディオ・アルツノートに感謝したい気持ちになった。
〝第三研究所〟で行われていたのは、〝ママ・ポッド〟の最終試験。ホログラムで見た通りに、ガラス張りのドームの中で〝雷〟――〝ムゲン・イカズチ〟が輪を描いて暴れ回っていた。
ネメアがそう言っていたため分かっていたことではあるのだが……実際に目にすると、驚かずにはいられなかった。
放つ〝気配〟は〝神力〟と遜色ない。どころか、普通よりも濃く強く感じる。
〝イカズチ・コピー〟と〝アクウ・コピー〟を組み合わせているためだろう。
そして、そのエネルギー量。
〝ママ・ポッド〟実験室に一歩踏み入れただけでも、気分が悪くなるほどである。
まるで海にでも溺れたかのよう……事実、膨大な〝雷〟に触発されて、〝雷の神力〟が暴走しかけた。ネメアや他の技術班の〝波動術〟によるサポートで何とか免れたものの……。
――ともかく。
ネメアら技術班が目指すのは、〝ママ・ポッド〟の完成。
それはすなわち、今後何千年に渡って、無限に電気を生み出す発電施設を造ることと同義であるのだが……〝ママ・ポッド〟単体で完結することではない。
電気を生み出すからには、それを送り出す仕組みが必要となり、受け取る側にも相応の準備が必要となる。もちろん、安全という観点も捨てることはできない。
現状では、〝雷〟と〝亜空〟のコピーを掛け合わせることで、無限大に電気エネルギーを発生させることはできている。
それを〝ママ・ポッド〟内にとどめ、かつ、暴発させないようにもできた。
ただ、そこまで。キラたちからしてみれば、一日かそこらでその段階にまで達しているのが理解不能ではあったが……ネメア曰く、『無理に先に進めるにはいかないほどに大きな問題が発生した』。




