831.焦点
〈じゃあさ。私たちが元の時代に帰るには、〝亜人〟を倒さなきゃいけないってこと?〉
「いやいや、そんなことはないさ。キミらの力があればとても心強いけど……最後の最後まで付き合わせるような不義理はしないよ。〝神〟に〝神力〟に〝魔法〟……最後のピースを埋めるみたいに、色んなものを色んな形でもらったんだ。恩を返さなきゃあ、先代たちに顔向けできない」
〈そこまで力になったって感じはないんだけど……。でも、じゃあ、巻き込んじゃうっていうのは?〉
「元の時代に戻るにあたって、キミらは〝六つ目の獣〟にも〝亜人〟にも目をつけられる。そうでなくとも、この時代の異物のようなキミらに、ヤツらの意識が向かう。その横っ面をぶっ叩こう、っていう話」
〈ミスディレクション、ってやつだ。……私たち、一番槍?〉
「まあ、そうともいうね。キミらは〝六つ目の獣〟の懐に潜り込まなきゃいけないから……。どうせなら」
〈まあいいけどさ。けど懐って……もしかして、私たちが飛ばされたところ?〉
「そ。帰るには来た道から。単純な理屈でしょ」
〈でも……。あんなとこに戻るって、なんで?〉
「〝神力〟を再起動するためだよ」
そう言ってネメアは、次なるホログラムを映し出した。
再び〝六つ目の獣〟が青い粒子で構築される。
ただ、その全身を映したのはたったの数秒。右の〝腕〟……正しくは、凶悪な手が踏み締めている地面に焦点を当てていた。
「ココが、キミたちの墜落ポイント。どんな〝神力〟かは知らないけど、ともかく時間と空間を超えるとてつもない力が働いた場所ともいえる。さっきも言った通り、摩訶不思議で超自然的に見えたとしても、〝神力〟は解析できるエネルギーにほかならない」
どでかい〝獣〟の右腕のそばの粒子が、何やら渦巻いているのが見えた。ほんのわずかな動きではあるが、確実にそこに何かがあるのがわかる。
「風が渦巻いて竜巻が発生するみたいに……。あるいは、竜巻が消えてもなお風が吹き荒れるみたいに……。とある地点で〝神力〟というエネルギーが発生すれば、当然、その空間になんらかの痕跡が残る。観測するのは実に簡単なことさ」
ネメアはそこまで続けて、ふと思い立ったように話の方向性を変えた。
「ところでさ。先代たちはどうやって〝六つ目の獣〟を罠にかけたと思う?」
「どうって……。さあ?」
「〝亜空〟を操ったんだよ」
「操った? ……〝神力〟を?」
「先代たちは〝亜空〟を熟知しているわけじゃなかったし、じっくり解析するなんて余裕もなかった。けどその正体を掴めないまでも、『エネルギーであること』自体は把握してたんだ。そして〝波動〟という〝理〟が世の中を満たしている以上、〝波動術〟で干渉ができる……そう踏んだんだよ」
「〝波動術〟で〝神力〟を、外側から……。なんか、ものすごいこと言ってない?」
「かもね。だけどもちろん、〝亜空〟そのものを自在に使えるわけじゃない。せいぜい、その座標を移動させるだけ」
「それでもすごいことじゃん? だって、それこそ地中に移動させれば……」
「そう。先代たちはそうやって、〝再生する大地〟に〝六つ目の獣〟を埋めたんだよ。実際にはもっと試行錯誤もして、いざ実践となるととてつもない被害が出たみたいだけど」
「へえ……。じゃあ、僕らが元の時代に戻るために〝神力〟を再起動するって言うのは……。〝波動術〟で干渉すること?」
「ざっくりいうとね。ただ、今回はエネルギーを別の場所に移動するわけじゃない。それなら雑な力技でもなんとかできたんだけど、今回はそうじゃない」
ネメアがそう言うと、ホログラムが動きはじめた。〝六つ目の獣〟の足元で蠢く〝神力〟へ近づき、不思議な渦巻き模様を拡大化する。
「今はわかりやすいように視覚的にこう表現してるけど、実際はもっと崩れてるはず。それこそ、人の身じゃあ感知できないほどにね。その状態を、〝神力〟という形にまで修復しなきゃいけないんだ」
「それが再起動……」
「もともと、〝亜空〟から〝亜人〟を引っ張り出すために考案したものなんだけどね。今は警戒してわかりやすいところには現れないけど、大体〝六つ目の獣〟の腹回りに〝亜空〟ができるんだよ。で、せっせと餌やりをするわけ。その餌やりの直後を狙って再起動をかければ……って話なんだけど、これがまあ、多分一発じゃあうまくいかないんだよ」
「なんか……。僕ら、試験運用的に使われてる?」
「そ、そんな悪い言い方しないの。理論は完璧だし、実証もできてる。あとは成果が欲しいだけさ。そこから得られる自信とかやる気って、科学者には必要不可欠なんだよ」
「……本当に?」
「ホントホント! それにさ、再起動っていっても、現場に着いてすぐどうこうって話じゃなくってさ。型をとって、エネルギーの流れを考察して、元に戻す……って作業があるわけ。二週間もすればなんとかなるはずだけど、想定外のトラブルなんてものはつきものだから……」
「二週間……」
もっと時間を縮められないのかと、くだらない文句が口をついて出そうだった。
しかし、文字通り〝神〟の領域にまで届く古代人がそう言うのだ。〝雷の神力〟を持っていてもなお、その原理の半分も知らなかった人間が逆らっていい相手ではない。
ただ、そうは言っても……。
「じっとしているわけにはいかない……」
〈だね。考えようによっては、ここは修行にうってつけの場所だよ。設備は充実してるし、賢いヒトたちだらけだし、何より――格上ばっか〉
「うん。燃える」




