825.六つ目の獣
「さて……。ここに君たちを呼んだのは、これからの具体的な話をするためだ」
マントスの渋い声を聞きつつ、キラはエルトと一緒になって真の姿になった〝ゾーケー・モニター〟に目をやっていた。
マントスの〝波動術〟によって制御された〝カソウ・パーティクル〟は、画面から飛び出したかのように、大きな球状となって集まっている。
一粒一粒が不安定に揺れ動きながらも、しかし決して集団から離れることなく、綺麗な集合体を維持していた。
「我々の目的は地上を取り戻すこと……すなわち、〝怪物〟退治にある。そして、キラくん、エルトくん、ここにはいないがブラックくんの三名は、元の時代に戻ることを目的としている。そうだね?」
「うん……。ネメアが言ってたけど、元の時代に戻る方法があるって……」
「その通り。しかしそれを実現するには、幾つもの壁を超えねばならない。わかると思うだろうが……〝怪物〟の退治は、ほぼ必須の条件となる」
「あれを……? どうやって……?」
「作戦はある。練り直した、と言った方がいいだろう。事後承諾となって悪いが、君にも協力してもらうことになる」
「それはいいけど……。具体的には?」
「そこなんだが……。まずはあの〝怪物〟の恐ろしさをきちんと把握してもらうため、昔話から始めようと思う」
そういうとマントスはホログラムを操った。
大きな球状だった粒子の集まりが崩れて、モニター画面に雪のように積もっていく。そうして胎動するかのように蠢き始めて、特徴のある凹凸を再現した。
「これは……。街?」
「まだ地上が無事だった頃の、私の生まれ故郷……そこを再現した。三千年ほど前のこと……私が二十歳の頃だったか」
「地上が無事……っていうのは、正直、あんまりピンとこなくって。だって、雲も突き抜けるほどのデカさでしょ? アレが一歩踏み出すだけで、どれだけの被害が出るか」
「それはそうだが、あの大きさになったのは地上が支配されてから……〝雲島〟時代が始まる直前のことだ。私が二十歳の頃は、『何やら恐ろしい化け物が暴れ回っている』という噂話が届く程度だった」
「じゃあ……。それまでは普通の魔獣みたいな……?」
「まじゅう、というのがこの時代にはいないのだが……獣程度だったのか、という意味合いであれば、まさにその通り。〝六つ目の獣〟として確認されたのが始まりだった」
「目、か……」
不意に、〝黄昏現象〟での出来事を思い出す。
〝腕〟と対峙した時、リリィたちと協力して〝雷〟なり魔法なりを叩き込むと、〝異形の魔物〟を全身から吐き出した。
そのどれもがまさしく異形……歪な形で〝目〟が体に埋め込まれていた。
そう考えると、〝異形の魔物〟とは〝怪物〟の分身体のようなものだったのかもしれない。〝黄昏現象〟全域で〝魔物〟が出現したのも、〝怪物〟の大きさを考えれば合点がいく。
となると、〝始祖〟アルツノートがどのようにして〝黄昏現象〟を意図的に引き起こしたのかが気になるが……ひとまずはマントスの話に集中することにした。
「〝六つ目の獣〟がなぜあれだけの巨体となったのか……どこから現れたのか……当時は何もかもが謎に包まれていた」
「古代人にもわからないことが……?」
「ふふ。それほど完璧であればよかったが、そうでないからみすみす地上を奪われる羽目になった。君が思うほど我々は完璧ではなく……今を生きる我々も、未来を生きる君たちも、さほど変わりはない。根底には〝人間の性〟が〝理〟に刻まれているのだろう」
「はあ……?」
「話を戻そう。〝六つ目の獣〟は神出鬼没だった」
マントスの〝波動術〟の通りに、ホログラムが形を変える。
ざわっと粒子が蠢くと、たった一つの大きな大陸を作り出した。
密集する建物で国を示し、木を寄せ集めて森を作り、その合間に山や川や湖が生まれる。
その縮図が世界地図なのだと考えると、途方も無いことのように思えた。
なんと言っても、国の数はざっと見で二百ほど……そこに住む古代人の数は計り知れない。
「昨日には東で現れたというのに、今日は距離の離れた西の方、という具合に。何体かいるのではないかという話になったそうが、その割には被害箇所が少なかった。気味の悪いことに、一日に一度、一箇所にしか襲撃は起きず……〝六つ目の獣〟は一体のみと断定されたらしい」
「一日に一度で、一箇所のみ……? なんか、それって……」
「私も先代たちから話を聞いただけだが、同じ印象を抱いたよ。まるで狩りに出掛けるかのようだ、とね。ただの獣であれば、そこに食べるものがあれば満足するはず……人間でなくとも、果物やら牛やら。だがそうではなく――〝六つ目の獣〟は、人間を喰らうことに固執していた」
「討伐隊は……まあ、出すか」
「むろん。しかし……予想はつくと思うが、毎度のように失敗し、数名のみが命からがら帰ってくる状況。しかも、討伐に向かうたびに〝六つ目の獣〟は巨大化していき――私が噂話として耳にするようになった頃には、山のようなデカさとなっていた」
「それだけ規格外の強さだったってことなんだろうけど……。〝波動使い〟が何人何十人いて、なんともできなかった……?」
煽りでも皮肉でもなく、単純に不思議だった。
古代人は、皆が皆等しく強い。直接手合わせをしたわけではないものの、あのオロスという警備兵はかなりの強者だった。
空をも飲み込むようなあのデカさならばまだしも、山ほどの大きさであれば。実力者を相当数かき集めれば、討伐も難しくはなかったように思える。
「言っただろう……我々もそう完璧ではない。こと〝波動術〟においては、むしろ君らの方が完全体といえる」




