822.過程
「私の質問にも答えて貰うぞ。――何故、彼に食って掛かった?」
「……殺すためだ」
「殺す? 何故? 同じ人間だろうに」
「恩師を殺された。その報いを受けて貰う……同等の苦しみを、味合わせる」
「……そうは見えなかったな」
その瞬間。ブラックは、全身の血が沸き立つような感覚を覚えた。
しかし、それでも体がぴくりとも動かなかったのは、オロスとの実力差を実感しているか、あるいは……。
「恨みは在るのだろう。怒りも抱いているのだろう。ただ……果たして、あの戦い様が殺しに繋がるか如何かは首を傾げる。私やポーンに仕掛けた時の方が、よほど殺意が高い」
「……貴様に何が解る」
「何も。だが……あの時、君達二人には妙な〝波動〟の流れが渦巻いていた。まるで嵐の様。二つの〝神力〟による領域の押し合いが発生していた。その流れに君は乗り、もう一方の彼は抗っていたのだ」
オロスも己が言わんとする事象をうまく説明しきれず、言葉を重ねるごとに眉間に深い皺を寄せていた。
ブラックも今ひとつ理解ができなかったが、思い当たる節はあった。
「〝殺し合いの定め〟……」
「ほう? ふむ? ――なるほど。〝神力〟とやらは、顔を合わせれば喧嘩する質なのだな。いや、少し違うか……あの性質では……相手を喰らい自分の糧とする、としたほうが適切か。何れにしろネメアら技術班が解明するだろうが……言及すべきはそこでは無い」
「……」
「ブラック。君は……憎しみが弔いに成るのだと、信じたいのだろう?」
「――」
「君らの事情は一つとして知らぬが、人の死は思考を狂わせるとよくよく理解している。その様を腐る程見てきたし、私自身もそうだった。少しでも理不尽と感じれば、誰かを仇として見立てねばやってられない――自分の為の弔いだ」
ブラックは何も言わなかった。言えなかった。
そもそも、何年かぶりに〝隠れ家的ラボ〟に帰ろうと思い立ったのは、自分の身勝手さを謝るため。
あのレオナルドならば、「なんだそんなことか」と笑って吹き飛ばしてくれただろう。
だが、それを信じきることができず、『迷惑をかけないように』と一人で〝忌才〟ベルゼを追っていた。結果、七年を無為に過ごし、〝記憶を取り戻す〟という目的すら見失いかけた。
そんな折に、目の当たりにしたのだ。
黒髪の少年キラが、恩師レオナルドの胸部を刀で貫き、殺す瞬間を。
タイミングが悪かったと言えばそれまでだが――ブラックは、一瞬ごとに湧き出す怒りを、憎しみを……後悔を、全てキラにぶつけた。
それが間違いだとは、オロスの言葉を聞いてもなお、思い正すことはできない。
次も、顔を合わせれば殺しにかかる。レオナルドが命を落としたのは、誰がなんと言おうとあの黒髪の少年のせいなのだ。その罪を、贖わせねばならない。
ただ……レオナルドの死が謎の多いこともまた事実だった。
帝都郊外の戦いで、キラ自身が言っていた。レオナルドのもとにいたからと、何故そう身勝手になれるのかと……忌々しいことに、その言葉が棘となって抜けなくなったから、レオナルドに謝りに行かねばと思い立ったのだ。
それが……なぜ? レオナルドの意志を尊重していたはずのキラが、なぜ、その命を手にかけたのか?
思い返してみれば、売り言葉に買い言葉といった具合で、その理由を何一つとして口にしていない。
罪に対して罰を与えるというのであれば。感情に依った裁定ではなく、事実に基づいた制裁でなければならない。
レオナルドならば、きっとそうする。
――いつだったか、恩師からぽろりともれた言葉を今でも覚えている。
『殺しに意義を見出してはならない』
『大義名分とやらに考える力を殺されてはならない』
キラのことは許せる気がしないが……それでも。
その言葉に、その思想に、その生き様に、泥を塗るようなことだけは絶対にしたくはなかった。
「俺は……。事実を知りたい」
「ほう……? ――良いではないか。監視体制の下でならば、私が協力をしよう。殺し合いをするならばそれも結構」
「……意外だな」
「そう……か? これでも愉快な〝オロスのおっちゃん〟として知られているのだが」
「……なぜ、そう呼ばれるに至った」
「む? ふむ……。私は先代たちと時を同じくした世代……〝狭間の世代〟でな。〝獣〟が真の意味で地上を支配した時代と、今の〝雲島〟の時代とを、両方経験している。この時代の移り変わりに何が起こったか、わかるか?」
「さあな」
「戦争だ。人間同士の。〝怪物〟に対する考えとストレスが軋轢を生み、あらゆる人間を狂わせた。途方もない数が命を落とし……その後、約五十億が〝怪物〟に殺された」
「……億」
「生き残った者達は、家族や知り合いを全て失った。私もだ。――故に、誰かが問題を抱えているならば、解決してやらねば気が済まない。其れがいつしか大きな戦争に繋がるやも知れぬ。殺し合いに発展したとて、私が止めに入ればいい。只……其れだけの事」
「そうか」
少しだけ。
ほんの少しだけだが……。
ブラックは、投獄されたことを幸運に思った。
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