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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
第9章

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816.人間

 翌日……。キラは気分が優れなかった。

 ただ、体調的には万全。建物内は『酸素濃度の調整が可能』らしく、こびりつくような頭痛も吐き気も時間が経つごとになくなっていった。

 そうはいっても、これから続く雲上生活に慣れるためにも、色々と訓練が必要となってくるが。

 問題はそこではなく……。


〈ふ、あはははっ。キラくんったら、ちゅーしゃ嫌いすぎでしょ〉

「他人事だと思って……。はあ」

 昨日は、とにかく乗り物酔いと〝雲酔い〟がひどいせいもあって、点滴の針を刺されても特に何とも思わなかった。

 ベッドに横たわり、点滴スタンドにぶら下がる透明な輸液用パックを眺めて、別の世界にいるのだとあらためて実感していただけ。


 しかし、朝になって起こされて、そこからが地獄のようだった。

 点滴を外す際に、腕の中に針が埋め込まれているのを目撃してしまったのだ。

 続く検査とやらも、妙な筒に通されたり、唾を採られたり、身長を測られたり。

 軽い問診に採尿……。思い返せばどうということもないものも多かったが、『体の中に針が埋まっていた』という事実が情緒を狂わせていた。

 何もかもが奇妙で恐ろしく、恥じらいすらも覚えたのである。


 極め付けは、採血。針を刺されて血を抜かれ……それが一度ではなく二度三度と続き、その度に『ひ』だの『は』だの、声にならない声で悲鳴をあげてしまった。

 検査にあたった医師や看護師たちは、採取物にばかり興味を示していたのだが……当然、エルトには全てを見られ、聞かれていた。

 戦うよりもひどい一日だった……と、医務室のベッドで夕飯を平らげ、今日という厄日を振り返っていた。


「で……? 検査をして、何になるって言ってたっけ? さっき飲んだ薬は何だったんだろ?」

〈検査自体が目的なんじゃなかった? キラくん、〝迷い人〟だから珍しいんでしょ。薬は……〝雲酔い〟防止とかなんとか。あとは、ういるす? が何たらっても言ってた気がするけど、よくわかんなかった〉

「ふうん……。ていうか、検査が終わったんならもう医務室にいなくて良くない?」


 ただでさえ窓の少ない建物に加えて、医務室は独特な閉塞感がある。においもさることながら、壁から床から天井まで白っぽいのが、妙にずっと慣れない。

 気分転換に廊下でも歩いてみようかと身じろぎしたところ、ウィンッ、と扉が静かにスライドした。

 検査を担当した男性医師イロンが、何やらファイルと睨めっこしながら入ってくる。


「どうだい、気分は?」

 丸メガネと広いデコが特徴的なイロン医師は、難しい顔つきを引っ込め、にこりとしながら話しかけてきた。

「まあ……。もう、普段通りに戻ったというか」

「それは良かった。人ってのは意外ともろい。環境一つ変わると耐えられなくなるのだ。とりわけ君は〝迷い人〟……苦悩して点滴液を調合した甲斐があった」

「はあ……。で……いつまでここに?」

「ああ、みんなそれを聞きたがる。大抵の場合は『まだもう少し』と答えてる。今も、そう告げるほかにはない」

「っていっても……ほかに何を? まさか……また検査?」

「経過観察さ。薬……仮にこれを〝適合剤〟としておくが、この〝適合剤〟の投与は定期的に行っておきたい。あと、脈拍と脳波の計測も」


「つまり、この医務室にいなきゃ出来ない?」

「そういうこと。なぜこの経過観察が必要かと思うだろうが……君の体を検査して、色々と疑問点が生まれたんだ」

「そりゃあ、まあ……。違う時代から来たわけだし……」

「いや、そういうことじゃない。ああ、まあ、部分的には合っているんだが」

「……?」

「かいつまんで説明すると……。ぼくから見ても、君は人間だ」

「んん?」

「外見だけではなく、内臓の位置や大きさ、形もほぼ同じ。しかも、違うって言ってもミリ単位。ぼくたちが仲間に行っている手術を、そっくりそのまま君に用いても、何ら問題はない……ってこと」


 その話はネメアから聞いたものと一致している。

 〝理〟という枠組みの中に、〝人間〟という生物が組み込まれているのだろう。

 そしてさらにその中に、〝言葉〟やら〝料理〟やらの概念が含まれていると考えると、ここまでさして苦労もなくネメアら古代人と意思疎通ができていることも納得できる。


「その上で……。ぼくには、今、君がこうして生きていることが信じられない」

「……? 大した怪我もなかったのに? ……それとも、前の怪我が残ってるとか?」

「君の体に刻まれていた傷跡は全部記録をとってある。どうやら、随分と無茶を通してきたようだ。――そういう話ではなく、外からは見えない内面的な話さ」

「脳みそとか、内臓とか?」

「あたり。――君は、君自身の脳みそを、半分も持っていない」

「……へ?」

「内臓も、そう。肺、肝臓、小腸、大腸……そして心臓も。ツギハギだらけのように見えた。むしろ、小さく欠けているものも考えれば、自前で揃ってるのは動脈と静脈と、それから主だった神経系だけだった」

 あまりにぶっ飛びすぎた内容に、キラはぽかんとしていた。衝撃を受けるでも、悲しみに暮れるでもなく……ただただ、首を傾げて理解に苦しむ。


〈ツギハギって……。キラくんが、これまでどんだけ頑丈っぷりを見せたことか! そんなの、信じられるわけないでしょう! 化け物みたいな言い方しないでちょうだい!〉

「悪意はないんだ、怒鳴らないでおくれ……。ぼくたちも、最初は気づかなかったんだ」

〈気づかなかったって……。どういうことよ? 本当にツギハギなら、一目瞭然でしょ?〉

「いいや……それが、全くと言っていいほど継ぎ目がなかった。それだけでなく、移植された臓器に至っても、キラくんのものと遜色なかったのさ。よくよく観察しなければ見分けがつかなかった。もはや再生といってもいい」


〈うーん……? キラくんが二人いて、片方から移植した……みたいな状態だったってこと?〉

「そう。恐ろしい技術だ。人体の錬成は、先代たちですら成し得なかった。しかもそれを、糸も針もなく縫合させている……何と驚くべきことか、わかるだろう?」

〈なら……。キラくんは、キラくんだってこと?〉

「そうと言える。本来の彼とはちょっと違うくらいさ。たとえば……なんだか爪が伸びやすくなったとか、くしゃみの仕方がちょっと変わったとか。そのくらい」

〈び、びみょ〜にわかりやすいような、わかりにくいような……。でもでも、じゃあ何も不安なくこれから過ごせるってことね?〉

「……いいや。いい忘れていたが、脳みそは例外だ――先の言葉の意味通り、キラくんのものではない」


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