814.敗北
三秒間だけ、キラは周囲の状況の確認をした。
前をいくネメアは少しずつ遠くなっている。
何人か人が通り過ぎようとしているが、少なくとも十メートルほどは距離がある。ワゴン車は列をなして動いているが、最悪巻き込んでも問題はない。
そう把握したところで――ブラックが動いた。
キラも、〝気配面〟を高めてその動き方をミリ単位で察知——迎撃に動く。
「〝闇〟を使わないなんてね……! ずいぶん律儀じゃん!」
「ハ! 貴様などこれで十分」
一歩前進しつつ、反転。同時に、〝センゴの刀〟を抜刀。
ブラックは音もなく、首を切り落としにきていた。〝ペンドラゴンの剣〟の軌道を読み、切り結ぶ。
その瞬間、キラは目を細めた。
「押される……!」
〝気配面〟のおかげで初手は防いだ。
体勢が悪いというわけではない。乗り物酔いが影響しているとはいえ、押し負ける要素はほぼない。
単純に、力負けしている。
記憶にあるかぎりでは、これまでブラックにパワーで押し込まれたことはない。そもそもそういう戦い方ではなく、そういうタイプでもない。
つまりは――。
「〝攻撃面〟特化――いやになる!」
リケールで戦った時とはまるで違う戦法にこそ、キラは毒づいた。
一歩距離を取ろうにもすぐに詰められる。
そこで受け身になろうものなら、力で押し切られる。
反撃をしても簡単に弾かれる。
〝気配面〟で回避はできるが、打つ手が徐々になくなっていく。
しかも。
「貴様こそチョロチョロと……!」
ブラックには、まだ〝闇の神力〟がある。
〝ショート〟の影響が色濃く残っているおかげで、威力も範囲も小規模。だが、〝覇術〟と組み合わせられると、バカにできないほどの力を持つ。
〝気配面〟でなんとかいなしつつ、隙を見て腹や脇を斬りつけるものの――瞬間的に膨張する〝闇〟の一撃で、キラは吹っ飛ばされてしまった。
「ぐ……っ」
ワゴンの一つに突っ込み、積荷に埋もれる。中は〝死んだ大地〟だったらしく、木箱が弾けてあっという間に土まみれになってしまった。
そこで、ネメアも周りの人も事態の深刻さに気づいたらしい。
「ちょ――えっ! 何やってるの、二人とも!」
ブラックは構わず畳み掛けてくる。
キラは〝防御面〟を展開し、左腕で〝ペンドラゴンの剣〟を受けた。
角度と、位置と、受け方。未熟な〝覇術〟でも受け切れるよう全てを完璧に調整したつもりだったが、ぐ、と嫌な食い込み方をする。
ヒヤリとしたものを感じつつ、キラは剣を払いのけた。
パ、と鮮血が散る間にも、〝センゴの刀〟を差し向ける。
しかし、根強く居座る乗り物酔いと、土まみれになった衝撃と、左腕の痛みとで、狙いがブレる。
ブラックは難なくバックステップで回避。
その瞬間に、キラは〝未来視〟でその次の行動を視た。
〝闇〟が手のひらに集結する――その一撃を持って終わらせるつもりか――防がなければやられる――。
〝防御面〟、よりも、〝雷〟。
いつもの理論をすっ飛ばして、感覚で〝雷業〟を左手に宿す。
息をするのも忘れて立ち上がり、殺意と共に迫ってくるブラックへ向ける。
〝雷〟と〝闇〟がぶつかる――その直前で。
「双方、そこ迄だ」
警備員らしき男が割って入った。
あまりにも無謀な行動にキラは驚き――その次に〝雷〟も〝闇〟も握りつぶされたのには、言葉すらでなかった。
〈え、なんで……!〉
何が起きたかは定かではない。
ただ、手首を掴まれただけ。たったそれだけで、〝雷業〟が霧散してしまったのだ。ブラックもそう。
キラは反射的に警備員の手を払いのけた。
観察しながら左手に〝雷〟を通してみると、いつものようにバリバリと音を立てて漏れ出す。
「何が……?」
キラが呆然としている一方で、ブラックは次なる行動に出ていた。
〝闇の神力〟が消されたことに、本能的な危機感を覚えたらしい。〝ペンドラゴンの剣〟に〝闇〟も〝覇術〟も通して、警備員に切り掛かる。
「ううむ、その心意気や良し」
警備員も携帯していた剣を抜き去り、真っ向から対抗。
ブラックの剣は黒く染まり、さらには〝覇術〟のオーラが血の色として漏れ出ている。〝センゴの刀〟でも、何もなしには切り結ぶこともできないだろう。
それを警備員も、わかっていた。
だからこそ……。
「この〝気配〟……!」
〈〝覇術〟……ッ?〉
なんの間違いでもなく、警備員も〝覇術〟を剣に纏わせた。
真っ向から〝ペンドラゴンの剣〟を受け止める――だけでなく、金属音が響いた次の瞬間には、ブラックの脇腹を切り裂いていた。
まさに魔法のよう。
この時代特有の未知の技でも使ったのではないかとも思ったが……違う。
きちんと、ブラックの剣術を上回っていた。
刃が交わったその瞬間に小さく弾き。するりと抜けるようにして剣を振り抜いたのだ。真正面から剣を合わせに行ったのも、その速さを活かすため。
正確さといい、緩急の付け方といい、舌を巻くほどの腕前だった。
「クッ……!」
「ほう、避けたか。だが――もう受けきれまい?」
体勢を崩されたブラックには、もうなす術がなかった。元々、リケールでの戦いで消耗し、〝ショート〟の影響も色濃く残っているのだ。
抵抗する間もなく、昏倒させられた。




