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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
第1章

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83.反帝国

 バザロフが前方で、リヴォルが後方で。それぞれ櫂をもち、静かな水面でボートを滑らせていく。

「リヴォル! テメェ、サボってんじゃねえだろうな! 重い!」

「じゃあ、オレがやんなくてもいいじゃないですか……!」

「だめだ! テメェ、船酔いするからって、筋トレさぼんだろ! 無茶言ってねェんだから頑張れ!」

「うぅ……!」


 前後のパワーバランスがあるせいか、海面があらだっていないにも関わらず、船体が左右に揺れる。

 時折、放り投げられるかと思うほどの衝撃が座席から突き抜け……キラは、いつ何があっても良いように、船べりにしがみついていた。


 そうやってようやく安心を掴みながら、

「あの……君たち、誰?」

 対面して座る二人の海賊に問いかけた。


「アァ? さっき顔合わせただろうがッ! 舐めてんのか!」

 一人は、先程船内で喧嘩をふっかけてきた銀髪坊主だった。船の揺れにも動じず、腕組みをしてただただ鋭い目つきで睨みつけてきている。


「俺の方こそ疑問だよ〜。てめー、誰?」

 もうひとりは、海賊と名乗るにはまだ早い男の子だった。見たところ、グリューンと同じくらいだったが、朗らかな笑顔のわりには口が悪い。

 幼さの抜けきらない顔つきではあったが、それ以外は立派に海賊していた。茶髪な頭にバンダナを巻き、ボロ着のような服を身にまとっている。いくつかナイフを隠し持っているのが、懐やら足元やらから、見え隠れしていた。


「キリール! このガキァ、何勝手についてきてんだ!」

 バザロフの恐ろしい叱責にも、少年キリールはどこ吹く風だった。

「だって〜。俺も行くでしょ。当然じゃん!」

「ちっ……。ゲオルグ!」

「ええ、オレっすか……! だ、だって、こんな不審人物、親方のそばにいたら危ないと思ったんスよ……!」

「自分の身くらい自分で守るァ! あとで説教だ!」

「そんな……!」


 銀髪坊主のゲオルグはがっくりと肩を落とし、ギラリと黒目で睨みつけてきた。

 キラはびくりとしつつも、その視線を真正面から受け止め……すると坊主男は、ケッ、とツバを吐いてそっぽを向いた。


「ゲオルグ、キリール。今から大事な話するんだから、黙っててくれよ。じゃないと、次はオレがどやされて……」

「リヴォル、テメェは口動かさねェで、もっとキリキリ漕げ!」

「……はやーい」

 ニタニタケタケタと笑うゲオルグとキリール。ため息をつくリヴォルも含めて、バザロフにとっては問題児らしく、若干ではあるが櫂を動かす手が緩んでいた。


「それで……作戦は? 帝都に乗り込むんでしょう?」

 何が引っかかったのか、ゲオルグがものすごい勢いでメンチを切る。

 キリールもキリールで、つまらなさそうに足をぶらぶらさせていたが、バザロフの言いつけを守ってだんまりとしてそっぽを向いていた。


「あァ、そのとおりだが……まず、そっちの事情を聞かせてくれ。王都を守る、だったか? だとしたら、なんでこんなかけ離れたところにいるんだ?」

「もともと王都にはいたんだけど……ブラックと戦って……で、飛ばされた」

「飛ばされたァ?」

「原理はよくわからないけど、僕を助けてくれたレオナルドって人が、多分色々と画策してくれたんだと思う」


「そんなとっぴょうな話、突然言われても――いや、待てよ、レオナルド……。まさか、”三人のキサイ”か」

「知ってる? だったら早いかも……その人に、『王都を守るなら帝都を混乱させろ』って、作戦をもらったんだ」

「なるほどなァ。これで合点がいった。一人で帝都へ向かうってェ度胸も、”五傑”を倒せるって肝っ玉も、”奇才”の頭脳あってのことか。天才のひらめいた作戦ってのを聞かせてもらいたいんだが?」

「とにかく、『人に取り入ること』だって。帝国はいろんな思惑が渦巻いているから、そこをかき乱せば勝手に混乱は作れる……あとは、”五傑”を落とせば作戦は完遂する」


「それなら一人でもなんとかできると、”奇才”が判断したってわけか」

「うん」

「で、テメェはそれを遂行するつもりだったと?」

「……? だって、それ以外に王都を守る方法がない」

「ハッハ! ――だとよ、テメェら。オレらも怖気づいてる場合じゃねェなァ!」


 バザロフの快活な笑い声に反応したのは、背後で櫂を漕いでいるリヴォルだった。もはや息も絶え絶えだというのに、嬉しそうに声を上げた。

「ほら……! やっぱり運が向いてきた……!」

 続けて、口の悪い少年キリールが、意外なほどの純真さを見せる。

「すっげぇ……! 漢だ!」


 そんな二人とは対称的に、銀髪坊主のゲオルグが船首の方へ振り向く。

「親方……! こんなやつの言うこと、真に受けるんスか! 船ン中でも思いやしたけど、信じ過ぎじゃないっスか」

「テメェも頭下げてたじゃねェか」

「そりゃ、あの雷自体はこの目で見たンで。けど、あの化け物ブラックと戦ったとか、”奇才”と作戦組んだとか……あんまりにも突拍子がないじゃないッスか」


 すると、それに応えたのはリヴォルだった。

「それならオレ、署名見たから……嘘じゃないと思うよ。印鑑、だっけ? アレみて、リフォルマさん、全然疑わなかったから」

「そうかよ……ケッ。リヴォル、手ぇ止まってんじゃねえか!」

「ちょ、ちょっと休憩してただけ……! ってか、ゲオルグこそ訓練必要じゃんか! 少食だからってバザロフさんに見逃されてさ!」

「はっ……。は? 意味わかんねぇし! お前よりもずっと筋トレしてますぅ!」

「どうだか。だいたい――」

「はい、違いますぅ――」


 やいのやいのと喧嘩を始めるリヴォルとゲオルグ。だんだんと煽り合いに発展していくのを聞いてか、バザロフがため息を付き……対してキリールは、きらきらとした目で見つめてきていた。


「あ……えっと、何?」

 キラは美青年なリヴォルトとはまた違う眩しさを目の当たりにして、少しばかりのけぞりつつ問いかけた。

「なあ、何食ったらあんなでっけ〜雷の魔法使えるんだ? 根性?」

 微妙に答えづらい純真な質問に、顔がひきつってしまう。

「まあ、根性といえば根性……かな」

「やっぱり! じゃあじゃあ……」


 少年が更に続けようとしたところ、バザロフの怒号が轟いた。

 それにリヴォルもゲオルグもシュンと萎縮し、キリールも唇を尖らせて黙り込む。

 キラがほっと息をついていると、バザロフが話の流れをもとに戻した。


「――話が逸れちまったが、テメェは戦力になると考えていいんだな?」

「うん、まあ……。それで、そっちの作戦っていうのは? 帝都を落とすって、具体的にはどういうこと?」

「帝都っつうのは、実質帝国そのものよ。都が落ちりゃァ国が崩壊すると言っても過言じゃねェ。だから、”軍部”連中も王国の王都を狙ったんだろうからなァ」

「じゃあ、つまり……帝国を潰すってこと?」

「ただ潰すんじゃねェ。国のあり方を変える――そのために、俺らが国を乗っ取るのさ」


 バザロフの言い方に、レオナルドとの話を思い出した。

 キラは、王都を救うためとはいえ、帝都に住む人達を巻き込んで混乱を招くことに、猛烈な抵抗感を感じていた。

 今でも胸のどこかに引っかかり続けているのだが……これに対してレオナルドは、『変わらなきゃどのみち破滅だ』と言っていた。

 『帝国は様々な思惑が入り乱れる場所』だとも。

 だからこそ、聞いておかなければならないと思った。


「そもそも、なんでバザロフたちは”反帝国”的なの?」


 レオナルドの立てた作戦では、バザロフ率いる”コルベール号”の海賊団こそ、味方に引き入れるには最適な人たちだ。突拍子もない形で協力関係にはなったが、もともとの予定と変わりはしない。

 こうして身近に接するまで、疑問すら抱かなかったが……。

 帝都を落としてまで、彼らは一体何を変えたいと言うのだろうか? 


「ケッ、王国出身らしい物言いだな、クソが!」

 割り込んできたのは、それまでしょぼくれていたゲオルグだった。

 ツンケンとして突っかかってきたときや、リヴォルと煽り愛をしていたときとは、まるで表情が違っていた。眉も眉間も目元も口元も、怒りで引きつっている。

「そりゃあ”食の王国”はたらふく食えて不満なんかねぇよなぁ! 干し肉だって簡単に人にやれるよなあ!」

「ゲオルグ、だから言ったじゃんか。キラはオレを見て憤って――」

「てめぇはすっこんでろ! 王国人の自己満にすがりやがって!」

「自己満って――お前なあ!」


 銀髪坊主が勢いよく立ち上がっては、船が大きく揺れ。美青年も対抗して声を荒らげては、ばしゃりと水しぶきが上がり。

 さすがのキリールも、顔色を悪くして困惑していた。

 しかし、そんな中でもバザロフは一人冷静で……大きな腕と手で、ひときわ大きく櫂で水面を捉えた。

 ぐん、とボートのスピードが上がり、今にも転覆しそうなほどに船体が傾く。ゲオルグもリヴォルもたまらず尻餅をつき、船べりにしがみついた。


「くだらねェことで喧嘩してんじゃねェよ。――で、なんで”反帝国”なのか、だったか」

 キラも、ゲオルグたちと同じように、バザロフの雰囲気に圧されて短く返事をした。

「それァ、帝国が間違ってるからよ。戦争を続けてェ”軍部”、勝つための徴兵制、それを認めた議会と皇帝。全部……全部だ。ここでひっくり返さねェと、みんな餓死しちまう」

「餓死……食糧難。じゃあ、なんで”軍部”は戦争を……」

「皮肉なことさ。勝てば領土が手に入り、食糧難も解消する……って話だが、明日にでも王国が落ちねェと土台無理な話だ」


「こういうのも何だけど……。今、帝国は王都を占拠してるし、後ひと押しってところじゃないの?」

「七年前、ブラックとロキっつう二大戦力を手に入れてから、”軍部”は夢見てるんだろうが……王都は落ちても王国は落ちねェってのが俺らの考えだ」

「……どういうこと?」

「テメェがよく知ってんだろ。王国っつうのは強大で広大な国だ。軍力だけで成り立ってるわけねェし、王都だけで成り立ってるわけでもねェ。むしろ、王都なんてものは政治の中心ってだけで、いくらでも替えがきく。食糧も兵力も政治も一極集中の帝国とは、まるで構造が違うのさ。――そら、到着だ」


 バザロフの淡々と話を切ったのと同時に、船の向かう先が見えてきた。

 そこは、浜辺だった。

 海面へと突き出るような桟橋に、ぷかぷかと浮かぶ小舟がある。

 砂浜には貧相な木造の家が立ち並んでいたが……まるで人気がなかった。それどころか、近づくたびに、風化して朽ち果てたさまが見て取れる。


「あれは……」

 海岸沿いという場所に、積もったままとける気配のない雪……そういった見た目の違いはあれど、その廃れ具合は、エマール領で目にした”ハイデンの村”と言っても間違いはなかった。

「俺の村〜」

 間延びした声で何のけなしに言ったのは、キリールだった。


 思わず少年の方へ顔を向けると、その朗らかな表情はとくに変わることはなかった。じっと海岸の村へと見つめているものの、悲しんだり怒ったりということをしない。

 そんな様子もまた、エマール領を思い起こさせた。


 ガイアと戦う前……セドリックたちとともに、水くみに”ハイデンの村”に向かったときのことだ。

 彼らは、生まれた村の無残な姿に、一切の動揺も悲しみも見せなかった。それどころか、ミレーヌは懐かしそうに微笑んでさえいた。

 過ぎ去ったことだと、ニコラは言っていた。

 おそらくは、キリールも同じだ。にがく苦しい思い出しかなくとも、藻掻いたからこそ立ち上がっていけた……そんな出発地点なのだ。

 キラは少年に声をかけることなく、ただただ、前方だけを見つめて上陸の時を待った。


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