811.概念
ところで。
ネメアという二十歳くらいの女性は、キラが見ても美人だった。目元や口元は和やかで、何はなくともにこにことしているように見える。
スタイルも抜群。ヘソ出しタンクトップに、ダボめのジーンズと、体のラインがはっきりとするラフな格好も相まって、なかなかに刺激的だった。
とはいえ、彼女にとってはその軽さが都合がいいのだろう……両腰には二つのポーチがぶら下がり、それぞれに工具が詰め込まれていた。
革製の手袋は厚めで、履いている靴も重量感が見て取れる。
こういう風に……。
ネメアは、キラがこれまで関わってきたり見かけたりしてきた女性となんら変わらなかった。
違いといえば、眼と髪の色くらい。
黒い瞳孔は普通であるものの、虹彩は真っ白。神々しささえ感じる。
お団子ヘアーにまとめた髪の毛にしても、青みがかったグレーと、珍しい色合いをしていた。
とはいえ、目につくものといえばそれだけ。〝ローレライ海賊団〟の〝ユニークヒューマン〟たちのほうが、よほど異形だった。
「けど、全く関わりのない場所でもない……って思います。現に、こうして言葉を理解できるんで」
「ふふ、カンがいいね。先に言っておこう……敬語は不要ね。キミらは、年上あるいは初対面の人に対しては、そういうふうな言葉遣いをするんだろう?」
「……? 変な言い方……。まるで……敬語を知らなかったみたいな……」
「事実、そうなんだよ。何人かの〝迷い人〟が、敬語で礼を尽くしてから亡くなっていったから……。最初は、方言みたいなものかと思っていたんだけどね。キミ、何歳?」
「え……。あー……。十六」
「ふうん……? 百歳くらいかと思っちゃったよ。ちなみに、私は……あー……確か、千……。百……いや、千二百……?」
「へ……?」
聞き間違いかと思ったが、内側にいるエルトも同じような反応をしている。
「寿命という概念すら、過去の〝迷い人〟たちから知り得たことでね。ご遺体を解剖したりなんなりして……私は内蔵見るなんてまっぴらだから、立ち会ったことなんてないんだけど。まあ、みんなして悠久の時を生きるもんだから、敬語なんて文化はなかったのさ」
「な、なんだ……? 頭がおかしくなりそう……」
「ふっふっ! 驚いたかい? ――けど、言ってみればただそれだけの違いなんだよ。〝老い〟という概念がそのカラダに存在するか否か……もっといえば、その〝理〟が存在するか否か」
「理……?」
「そ。この世界を司る法則……基礎設計のようなものさ。大地があって、空があって、海があって……ってね。それと同じようにして生命があり、どう生まれるかもどう死ぬのかも〝理〟によって定められている。そういう話なんだよ、これは」
「はあ……。僕はあんまり頭が良くないから、ピンとは来てないけど……。つまりは……例えば僕とネメアとでは、〝理〟が同じところもあれば違うところもある……?」
「そう! その通り! 私とキミたちは、外見的には同郷の仲間……目の色とか髪の色とかは違うけど。ただそういうんじゃなくって……〝理〟として違うのは、〝寿命〟という概念の有無。これを、どう考えるべきだろうね?」
空飛ぶ船〝カゼキリ〟は、ネメアの操舵技術によって〝怪物〟の危険エリアを難なく突破した。十分に安全を確認してから、速度をゆっくりと落とす。
シールドを解くと爽やかな風が吹き込み、その心地よさもあってか、ネメアは饒舌に続けた。
「鶏が先か卵が先か、って話知ってる? 言語学でも同じような議題が上がっててね。〝言葉〟とやらの起源がなかなか見つかんないのさ。人は果たしてどのようにして〝言葉〟という能力を取得したのか、ってね」
「なんか、似たような話を前にも聞いたことがあるような……。〝魔法が先か、言葉が先か〟……?」
「――そっちも興味深いね。で……〝言葉〟の起源について考えていくと、人間の誕生に行き着くわけだ。私たちは一体どうやって生まれたのか、最初の人間はどこから来たのか。ただ、どちらにしろ答えは出てない。というより、謎にしておきたい謎だね」
「神サマがどうたら、って考えは出なかったんだ?」
「……カミ? ……髪の毛?」
「いや……え? もしかして……〝神〟の概念がない?」
「――どうにも、そうらしいね」
言葉も考え方も通用するというのに、あって然るべき常識が全く当てはまらない。
そのあべこべな状況にキラは混乱しそうになり……エルトがふと思い出したように言った。
〈私は神学を勉強したことないからアレだけど……。大昔、ヒトは理解のできないものにこそ〝神〟を見出したんだって。太陽が西から東へ登っていくその不可思議さとか、季節が巡っていくそのおかしさとか。どれだけ考えてもわからないから、その全てを司る存在、〝神〟がいるんじゃないかって。それが、宗教の祖先だって聞いたことがある〉
「ってことは……?」
〈たぶん、ネメアちゃんたち……ちゃん付けしていいかは置いといて……この世界のヒトたちは、〝神〟頼る必要もないくらいに知能が高いんだよ。そうでしょ?〉
どうやらエルトの推論は的を射ているようだった。ネメアが、初めてにこにことした笑顔を引っ込めて、真面目に考え込む。
「ああ……そういう視点はなかった。〝理〟もそれに連なる自然法則も、学術院のお歴々があらかた解明してたし……今はもっぱら〝怪物〟退治に躍起になってるし……。そうか全てを司る……色々と、見えてくるものがある。なんて幸運……!」




