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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
第9章

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810.レアリティ

 気がつけば、体が数十メートル浮いていた。

 否。地面の方が沈んだのである。〝怪物〟が大地を叩いたことによって。

 いくら速くても、母なる大地がなければ強靭な脚力も無意味。空を飛べればと思うものの、それを試す余裕などなかった。


「が……!」

「ちっ……!」

 地面が沈めば、それだけ反動がある。

 急激に迫ってきた大地に、今度は跳ね上げられた。


 寸前で〝防御面〟が間に合ったものの、あまりの衝撃に一瞬意識が飛ぶ。

 無論、地面の上下運動はそれでは終わらない。今度も数十メートルほど沈み、キラとブラックはばらばらに落ちていく。

 まさしく、天変地異。いつもそこにある大地が、確実に命を奪いに来る。これほどの恐怖はなかった。

 次なる衝撃に備えようとした――その時。


「だぁぁぁいじょぉぉぉぶかぁぁぁぁぁいっっっ!」

 助け舟がやってきた。

 というのも、本当に船。

 小ぶりな帆船が、まるで海でも泳ぐようにして、空を飛んでいるのである。ブラックの〝闇〟に乗せられているのとはまるでわけが違う。

 しかもその速度といったら。

 一瞬のうちに接近し、見事な軌跡を描いて受け止めてくれる。キラもブラックも、べた、と船内に転がり込んだ。


「ん〜、カンペキ! さすがは我が子だあ!」

 続けて空飛ぶ船は、駆け上がるようにして上昇。

 跳ね上がった大地を見事に回避した。

 だが、〝怪物〟の起こした乱気流に船体が不安定になる。


「おおっと? ご機嫌斜めみたいだ――シールド再展開!」

 舵輪のそばにある複数のレバー。そのうちの一つを引くと、がこっ、と小船の内部で何かが稼働した。

 ヴン、という聞きなれない音とともに、小船全体がシールドに守られる。

 すると、強烈に吹き付ける風の全てがなくなった。しゃにむに床にしがみついていなければ吹き飛ばされそうだったのが、力を入れなくても大丈夫になる。


「これは……」

〈不可思議の連続だ……〉

 キラは上半身を起こそうとしたが、べた、とまた床に横になった。

 見れば、足が血だらけになっている。理論上ギリギリにまで〝速力特化〟に挑戦した〝震〟……ぶっつけ本番はやはり無茶だったらしい。

 足の指も砕けているのか、身じろぎしただけで激痛が走る。もはや言葉にならない痛みである。


「ご搭乗の皆様方! 二人か三人か、どっちかよくわかんないけど――しっかり掴まっててちょうだい! なにぶん、危機は去ってないもんなんでね!」

 操舵手のいう通り。〝怪物〟は何も諦めていなかった。

 それもそのはず。先ほどの一撃でさえ、ヒトが机をちょっと強く叩くようなもの……〝怪物〟にとっては、なんでもない動作の一つなのである。

 虫が逃げたのならば、もう一度叩けばいい――というように、〝怪物〟は再び腕を上げていた。その過程で嵐が巻き起こる。


「あの……! もう一発〝雷〟を……!」

「――さっきの、見てた! 私たちじゃあ考えられないすごい一撃だった! けど、あれを止められるほどじゃあない! 分かってるでしょ?」

「けど……!」

「まあまあ、ここはお姉さんに任せなさい! この〝カゼキリ〟は、こういう時のために調整したんだからさっ。キミはこれでも飲んで、ゆっくり落ち着いて!」

 押し留めるように放り投げてきたのは、小瓶。透き通る緑色の液体がたっぷりとはいっており、その綺麗さゆえに逆に飲みづらい。


「こ、これ……。飲んでいいやつ……?」

「さあ――ねっ、と」

「さあって……わっ」

 シールドを張ってもなお、〝怪物〟のもたらす嵐は無効化しきれない。雲をかき乱すほどの豪風に、小さな船体が揺れに揺れる。

 女性は舵輪を右へ左へ大きく回し、時には勢いをつけて一回転しながら、墜落を回避する。


「キミたち、〝迷い人〟でしょ。ゲンミツには私たちと同じ人種じゃあない。けど、生物学的にも波動学的にも科学的にも、ダイジョーブなはず。百パー安全じゃないよ、って話ね」

「まよいびと……? それに……〝波動〟?」

「なんの因果か……これまでの〝迷い人〟と違って、キミらは私たちと共通する〝力〟を持ってる。要するに――飲んでも問題ない、って判断できるわけ」

「これを、飲めば……? そういえば、レオナルドの〝回復風呂〟に似てる気がする……」

 きゅぽ、と栓を外し……一気に煽る。


「どう? メロンソーダ回復液。グレープサイダーと迷ったんだけどね〜。意外なことに、炭酸と〝波動〟って相性いいんだよ」

 彼女の……ネメアの言っていることは半分以上分からなかったが、一気に飲み干せるほどには回復液の味は良かった。

「けぽ……。けぽ……。げっぷが……」

「あっははははは! そりゃそんなに一気に飲んだらね。――っとと、アブな」


 変なゲップの仕方に恥ずかしがっている間にも、キラの体は回復していた。すっかり元通りとはならなかったが、激痛が走るようなことはない。

 少なくとも歩けるように放った。が、地獄のような嵐に揉まれる中では、じっとしておくのが正解だった。


「キミも一本、どう? 〝波動〟に乱れが見えるけど」

「……遠慮する」

 ブラックにしては随分と丁寧に断る。まるで借りてきた猫のよう。暴れるようなそぶりすら見せない。

 キラはその様子をちらちらと確認しつつ、こっそりとエルトに話しかけた。


〈どう思う?〉

〈〝迷い人〟……だっけ? 私たち以上にこの事態に詳しいみたいだし……ついていくほかにないんじゃないかな〉

〈けど……。この人、かなり強いよ。リーウと同等か、それ以上じゃないかな〉

〈懸念点はそこだね〜……。果たして〝迷い人〟を歓迎してくれるのか否か……〉


 彼女の態度を見る限り、それほど心配する必要もないような気もするが……それなりにトラウマが刺激される。どうにも、見知らぬ土地で歓迎される未来が想像しにくい。

 とはいえ、ここで空飛ぶ船を飛ぶ降りるようなこともできない。

〝怪物〟の脅威がまだ間近というのもあるが、不毛の土地が見渡す限り広がっているのである。人影は愚か、文明の痕跡すらも見つからない。


「大丈夫だよ〜、そんな警戒しなくっても。むしろ私たちとしちゃあ願ったり叶ったり! イイ刺激をもらえるかも、ってね」

「なら、まあ……。うん?」

「あ、そうそう、忘れてた、自己紹介。私、ネメア。見ての通りメカニック……っていったら、ヘソ出しするなとか、タンクトップでうろうろするなとか、色々言われちゃうんだけど。いいじゃんね? とりあえずゴーグルと手袋を常備しておけばさ。みんな細かいんだよ……」

「あ……っと。僕は、キラ――いや、そうじゃなくて。今、なんで会話に入って来れたんです……?」

「およ? そりゃあもちろん〝波動使い〟だからだけど……。――なぁるほど? キミらと私らじゃあ、かなり認識に差があるね」

「〝波動使い〟……。僕らでいう〝覇術使い〟みたいなもの……かな」

「そそ。たぶん、その考え方で合ってると思うよ。厳密にいうと、似て非なる別種ではあるんだろうけど」

 その言い方にキラが首を傾げていると、エルトがネメアに話しかけた。


〈それで、願ったり、っていうのはどういうこと? 〝迷い人〟を迎え入れるのが、あなたたちにとってメリットになるの?〉

「まあ、色々事情があるのはとりあえず置いといて……。そうでなくとも、みんな良くしてくれると思うよ。〝迷い人〟と話せるのって、レア中のレアだから」

〈そんなに……? ……もしかして、みんなすぐに死んじゃうとか?〉

「有り体にいえばね。見つかった時には息も絶え絶えだったりとか、〝怪物〟にやられちゃったりとか……。実際、キミらもかなりギリギリだったでしょ?」

 そこまで聞いて、キラは〝迷い人〟と呼ばれる者たちの正体に気がついた。エルトもそうらしく、唖然として口を閉ざす。


「私たちも、最初はただ不運な人たちだと思ったんだけどさ……。三人目四人目くらいから、これが単なる偶然じゃないって気づくわけだよ。その答えを、これまでの〝迷い人〟と同じように、キミらも持ってるはず。でしょ?」

「……たぶん。〝迷い人〟っていうのは……〝始祖〟に目をつけられた人たち」

「ふむ、〝始祖〟……いいね、憶測がようやく事実になった。となると、キミらも色々と疑問が湧いてくるはずだよ。〝迷い人〟たちの行き着く先……ここはどこ、ってね」


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