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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
第9章

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808.腕

 あの時。

 〝ペンドラゴンの剣〟が振り下ろされる瞬間、キラは死をイメージした。


 相手は〝闇の神力〟を有する〝授かりし者〟。〝覇術〟をも習得し、さらに力をつけたブラックである。

 生半可な戦いとならないことはわかっていたが……想像以上だった。

 ブラックは〝闇の神力〟と〝覇術〟を掛け合わせることで、〝意思を持つ分身体〟を創れるようになったのだ。分身体の真っ赤な目がその証拠である。


 ルトと連携をとり、分身体の動きを彼女に監視してもらうことで対処。

 しかしそれは同時に、攻め手を複数失うことを意味した。

 エルトとのスイッチ戦術が使えないのはもちろん、いかに彼女といえども〝覇術〟なしで視界外の動きを追うことは不可能。

 以前キラが編み出した〝気配読み〟を使い……そうなると、キラは自然と刀一本での立ち回りとなる。負荷を考えれば、〝未来視〟の併用はできなかった。


 エルトの指示に従って背後の攻撃をいなしつつ、正面の本物と戦う。

 考えるだけでも不可能に近かったが、そんな絶望など抱えている暇もなかった。


『……っ!』

 なんとか分身体に致命傷を与えた、その時。

 息がもたなかった。

 二人分の動きを把握し。エルトの指示にも耳を貸し。その上で絶え間なく動く。自分自身でも考えをさまざま巡らせながら。

 分身体の不自然なまでの特攻のその意図にも気づかず……本物のブラックの動きに、遅れをとった。


『――』

 大振りの一撃でトドメを刺しにくる。


 その一瞬。

 わずかに猶予があると見抜いた。


 動きの少ない刺突であれば、回避は不可能だった。

 ブラックはそれでは殺しきれないと判断したのだろうが……ともかく、その差分だけ余裕があった。


 考えている暇はない。

 理論に頼る余裕もない。


 全ては感覚。

 〝ショート〟を撃つ。


『ぐっ……!』

 しかしこの肝心な時に、失敗した。

 ブラックの動きをわずかに静止させるだけ。


 ただ――その追加猶予が、生死を分けた。

 エルトが泣きそうになりながらも〝覇術〟で守ってくれたのだ。

 袈裟斬りにされるも致命傷を免れ……そこが限界。


 意識が飛びかけ、そこへブラックの追撃

 まだエルトの〝覇術〟が残っている――斬られたあとどう動くか――死にはしないが動きに支障が出る。

 〝レーザーマイン〟があればと思うが、この状況下では感覚一つ掴めない。

 甘んじてブラックの剣を受けようとしたその時。


『――っ?』

 しゅるる、と何かが全身に巻き付いてきた。

 〝始祖〟の作り出した暗闇の空間から、包帯が出てきたのである。

 振り解きたいところだったが、すでに満足に身動きがとれなかった。

 どころか、ブラックと一緒くたにされて、暗闇空間へと引き摺り込まれる。

 まるで影にでも入ったかのよう。水に溺れているかのような息苦しさがあり……かと思うと、ぴかっ、と〝紫の雷〟が瞬く。


 早いところ包帯を斬って脱出を。

 そう思ったところで、次なる一手が打たれた。

 他ならぬ〝始祖〟の手先によって……そばにふと現れた〝人形〟によって。


 あ、と思ったのも束の間。

 気がついたら、見渡す限り何もない土色一色の不毛の地にいたのである。

 紛れもなく、〝転移〟。

 それを証明するかのように、キラは強い酔いに耐えきれなくなり、胃の中を空っぽにするように全てを吐いていた。


「ハァ……ふぅ……」

 人形は足元で壊れて転がっている。

 どう戻るか。そもそもここがどこなのか。

 少しばかりスッキリした頭で考えておきたかったが……事態は、思った以上に深刻で、思った以上に複雑のようだった。


「この〝腕〟って……」

〈あの〝腕〟って……こと?〉 

「いやけど……。また〝腕〟だけ? 本体はどこに……?」

 キラはもちろん、エルトも、そしてブラックまでも……〝腕〟の持ち主を探した。


 確かに、右手数百メートル先に、〝腕〟がある。

 見覚えのある真っ黒な鱗に覆われたそれは、地面から生えているのではなく、曇り空の上から生えている。

 世界を隔てる壁のようにすら感じる巨大な〝腕〟は、指を突き立てるようにして、地面を踏み締めていた。

 まるで犬のようではあるが、指の先の爪ですら山を軽く削り取ってしまうほどの大きさ……それが大地に突き刺さる様は、悍ましさすら感じた。


「……」

 ブラックが無言で灰色の空を見上げているのに気づいて……キラは嫌な予感がした。

 どんなに奇天烈な生態をしていようと、〝腕〟という生物はいない。腕があるからにはそのほかにも腕があり、脚があり、胴体も頭もあって然るべき。


 ……巨大すぎるあまり、〝腕〟しか見えていないのならば?

 キラも、エルトと一緒になって、必死になって空を見つめる。


「……あ」

〈……ん〉

 例えば四肢動物の場合。四本の足で地面を踏ん張り、胴体を持ち上げているはず。その際、頭は自由に動く……右を見たり左を見たり、じっと地面を見つめたり。

 まさに、今その状態を見上げていた。


 蟻にでもなったかのよう。否、もっと小さく……ダニにでもなった気分。

 分厚い雲の一部がふわりと動いたかと思うと、見えたのである。

 下顎、凶悪な牙、長い鼻……そして、右目だけでも三つある〝怪物〟の横顔が。


「……!」

 思わず、息を止める。エルトも余計な言葉を挟まない。

 ブラックですら、一つの物音も立てないように気を張っていた。


 戦ってどうにかなる相手ではない……その存在感だけで、足が動かなくなる。気配を消して、静寂を保ち、時が経つのを待つばかり。

 しかし不思議なことに動物というのは、ごくごく小さな虫こそを発見する。

 ぎろりと、三つの目が動いた。


〈逃げてっ!〉

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