805.宵闇
ドミニクの発揮した〝力〟はすさまじかった。
建物の向こうだろうが、ちょっとすれ違おうが。そこに誰かがいる限り、息を潜めていても気絶していても、立ち所に発見してしまう。
海賊やマフィアの場合もあったが、一般市民も多く見つけ出すことができた。
「――〝覚醒〟だな」
「かく……えっ?」
「〝ユニークヒューマン〟の由来はよ、うちら〝聖母教〟にあるんだ。〝個性あるただ一人のヒト〟……色々な意味を込められてそう名づけられてな。差別やら迫害やらが確認出来たら、教皇庁が保護することになってんだ」
「それで……。〝覚醒〟ってのは?」
「保護した〝ユニークヒューマン〟が、ある日突然、もう一つの特異な〝力〟を発揮した。ただ、よくよく考えてみると、そいつが元々得意とする〝力〟の延長線上だってことが判明してよ。何か条件を達成して、もう一つ上の段階に到達したんじゃないかって話だな」
「そうか……。そういえばドミニク、〝治癒の魔法〟は初めっから使えてた……。大怪我も一瞬でなかったことにする治癒力……なるほど、延長線」
――時に。
放たれた〝雷〟の地点に向かうと、すでにキラの姿はなかった。
リケールは海賊とマフィアに踏み荒らされ、どこもかしこも瓦礫だらけ。というのに、なぜかその一帯だけ不自然に何もなかった。
あるのは、倒壊した建物が一棟のみ。瓦礫の積み重なったその頂点には鉄の棒がさされてあり、見覚えのあるマントがかかっている。
そうして見つけたのは、息も絶え絶えなシスだった。
「あの。そういう世間話、後にしてくれません? 一応重傷患者だったんですよ」
確かにシスは、セドリックもドミニクもルセーナも、開いた口が塞がらないくらいに酷い有様で横たわっていた。
はらわたが焼けて抉られ、左腕は失くなり、右足は変な方向に曲がっていた。呼吸も浅く、一瞬死んでしまったのかと思ったほど。
とはいえ、それも数分前の話。
ドミニクが慌てながらも〝治癒の魔法〟をかけると、十秒とかからず完治。
失った左腕は元に戻らなかったものの、それ以外は全回復。シスがパッと飛び起きるくらいの治癒力だった。
「先ほどの話に補足するならば、〝妖力〟というやつですよ。僕も詳しくは知りませんが……ヴァンパイアの国でチラッと聞いたことがあります」
「シスさん……。飛び起きるなり準備運動始めて、止めたのは俺らの方っすよ。今もなんか話に乗ってきたじゃないっすか。それで心配しろって?」
「いやあ、すみません。ホント、感動するほどの治癒力だったので。これならば戦線復帰できるのではないかと」
「ダメっすよ。つっても、俺も似たような状況だったんで、ドミニクの前じゃあ強くはいえないっすけど」
おんぶしているドミニクの視線を痛いほど感じながらも、その一切を無視してルセーナに話しかける。
「シスさんの監視役、任せていいっすか。類は友を呼ぶってやつで、シスさん、キラに似て割と突飛な行動に出がちで」
「いや、お前らだってそうだからな? 本来動いちゃいけねえくらいに消耗してんだからな? 忘れんな?」
「う……。そ、そんなことより。シスさん、なんだってそんな大怪我を?」
図星をつかれて、下手に話を逸らすしかなくなる。
シスは話の成り行きに苦笑いしていたが、すぐに表情を引き締めた。
「薄々わかってるとは思いますが……アレですよ」
シスが残った右腕で指し示したのは、やはりというか、〝パサモンテ城〟の異常現象。
〝紫の雷〟と暗闇が渦巻くその範囲が、こころなしか広まっている。
「何なんすかね、あれ……。どぎつい〝気配〟を感じるっすけど」
「噂に聞く〝黄昏現象〟とも似ている気がしなくもありませんが……。どうです、その現場に立ち会った一個人として」
「似てるっちゃあ、似てるっすよね。〝黄昏現象〟は息も詰まるくらいの〝魔素〟が満ちてましたけど、あれは〝神力〟の〝気配〟が満ち満ちてるというか……」
「なるほど……? しかしそんな現象があるとは到底……。――まあ、考えても仕方がありませんね。それで、あなたたちはなぜこんなところへ?」
「キラが合図を出したからっすよ。ってか、キラは?」
「ああ〜……。キラさんが助けを寄越してくれるらしいってのはぼんやり覚えてるんですが、そのあとはどうにも……」
「そうっすか……。――あいつ、まさか、アレをどうにかしようとしてるんじゃ……?」
そのとき。
件の異常現象が、急激に変化を見せ始めた。
まず感じたのは〝気配〟の膨張。セドリックだけでなく、ドミニクもシスもルセーナも、はたと〝パサモンテ城〟のほうへ視線を向ける。
渦巻く暗闇の中で暴れていた〝紫の雷〟が、その領域を押し広げていく。〝パサモンテ城〟全域を飲み込み、丘を飲み込み、さらには下町にまで侵食を始める。
〝黄昏現象〟の再来を目にしているかのようだった。
言うなれば〝宵闇現象〟。
「――まずいですね。直ちに避難を!」
「あ……けど、俺ら、エリックたちを探してて……!」
「では僕も一緒に。あなた――ルセーナさんでしたか、貴女はお仲間たちに声をかけながら避難を」
〝宵闇現象〟が広がるスピードはさほど速くない。せいぜいヒトがゆったり歩く程度。
とはいえその拡張を阻むものは何もなく、止まる気配もない。しかも運の悪いことに、エリックの〝鼓動〟は〝宵闇現象〟の近くにある。
シスがルセーナに幾つかのアドバイスを託しているうちに、セドリックは走り始めた。
「セド……言い忘れてたけどっ。エリック、一人じゃない……っ」
「は? まじかっ」
「〝鼓動〟……ほかに二人。一人が弱くて、もう一人が強い」
「なんだ……? 俺ら、行く意味なし?」
「――いや。多分、何かと戦ってる。変に蛇行しながら走ってる」
「くそ、また海賊かっ?」
「たぶん、違う……。――〝鼓動〟を感じない」
「ああ、もう……! どうなってんだよ、この国は!」
異常事態に次ぐ異常事態。それを現すかのように、周辺からは人っこ一人いない。シスを助けるまでに、そこらじゅうで海賊とマフィアの小競り合いを見かけたというのに。
だからと言って、セドリックは立ち止まるようなことはしなかった。背負っているドミニクに余計な負荷がかからないよう気をつけながら、大股に走る。
瓦礫を避けながら走っている間に、あっという間にシスに追い越された。
さっきまでの瀕死状態を忘れたかのように、マントを真っ白に染めた〝白シス〟になり、ひょいひょい跳んでいく。
そして――。
「アテナ、どっちだ!」
「右――あ、左!」
「どっちだよッ! わっ!」
「仕方ねーだろ! ちゃんと説明できねーエリックが悪い!」
「つっても、道なんて……!」
正面に、その一団を捉えた。




